空中携挙



それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。Tテサロニケ4:17

終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。Tコリント15:52


<黙示録>「彼らは生き返って、キリストとともに千年の間支配する」(11/6)
<ケイシー>「最後の審判のときに、信仰深く公正であった者たちは、千年の間治め裁くために主に取り上げられるのだ」(5755/2)

 なお、仏典<観弥勒下生経>の中でも「弥勒の世は千年続く」と告げられています。
 そして、ケイシーが述べている「主に取り上げられる」人々。これこそが「空中携挙」なのです。(中略)
 これは、主にクリスチャンの間で古くより信じられてる教義で、「終わりのとき、イエス様が雲に乗ってやってこられ、敬虔な信者たちを空中に引き上げて終末のかん難から救って下さる」といった信仰です。言うなれば地上からの緊急避難組で、この選民達が千年王国の住人となるわけです。(中略)
 恐らく黙示録の次の言葉からきたものと思われます。
 「その時、天から大きな声がして、『ここに上ってきなさい』というのを、彼らは聞いた。そして彼らは雲に乗って天に上った」(11/12)
選民は

http://www.eonet.ne.jp/~minokun/daiyogen28.html#千年王国


不思議な現象:
この暗号表は創世記の8章に現出したものである。一番上に空中携挙のヘブライの文字が並ぶ。
真ん中に神のUFOの語句が現れている。
下のほうにはいくつもの人間というヘブライの文字が現れていて、この神(エロヒム)のUFOに、あたかも携挙されている図式の様に見える。






「そのとき彼(神)は御使いたちをつかわして、地の果てから天の果てまで、四方からその選民を呼び集めるであろう」(マルコ伝13/27)
 いいですか、このラプチャー(選民)は地(この世)だけでなく、天(あの世)の霊魂もその対象とされているのです。もっともこれは当たり前の話で、終わりのとき「死者はその眠りから覚まされ、裁きの庭に立つ」ということでした。だとしたら、最後の審判でラプチャー組に選ばれる死者も、もちろんいるわけでしょう。(中略)
 では、別の預言でこれを確認してみましょう。
 「そのとき、キリストに結ばれて死んだ人たちがまず甦り、生き残ってる私たちはたちまち彼らと一緒になって雲の上に引き上げられ、空中で主と会うのだ」(テサロニケ人への手紙4/16)

「あなた方に奥義を告げよう。私たちすべては眠りにつくのではない。終わりラッパの響きとともに、またたく間に一瞬にして変えられる。というのは、死人は朽ちないものに甦らされ、私たちは変えられるのである。この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである」(コリント人への手紙T・15/51)
 最後にある「聖書にある言葉」が「神の国の成就」であることは、すでに度々見てきました。そしてその「神の国」へ入るためのラプチャーですから、「眠りにつく(死ぬ)のではない」と念を押しているわけです。では、どうなるのか。一瞬のうちに「朽ちるもの→死ぬもの→物質肉体」から、「朽ちないもの→死なないもの」へと変えられるといってます。これこそが「奥義」だというのです。では、どんな体なのか。
 「私たちの卑しい体を(神)ご自身の栄光の体と同じ形に変えて下さるであろう」(ピリピ人への手紙3/21)
 この「神ご自身」は上位次元者ですから、私どもの「卑しい体(肉体)」も、それと同じ次元になるということでしょう。なぜそうする必要があるのか。
 「わたしのおる所に、あなた方もおらせるためである」(ヨハネ福音書14/3)
 その「わたしのおる所」は当然「神の国」ですから、今やこの世が神の国化した以上、そこの住人の肉体もそれに見合った存在になる必要があるわけです。そして、神の国が「あの世的世界」であることも、すでに見たとおりです。ならば、そこで死者と出会っても不思議ではないことになりましょう。これがイエスのいう、「新しいブドウ酒は新しい革袋に入れよ」(マルコ伝2/22)の意義であるように思います。
神の国になったら
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 ここらあたりは、ポール・ソロモンのソースの最も詳しいところで、
 「あなた方の中には、そのとき一瞬にして変えられてしまう人がいる‥‥あなた方が肉体をここで捨て去るというのではない。突如として、あなた方は物質の体と光の体とを知り、重く濃密な物質を光に変えてしまうのだ」(185
 物理学では「物質とは、結局、凍結されたエネルギー(光)のことである」という言葉があります。この場合、こう考えてみたらどうでしょう。たとえば、氷が温められて水になったとき「氷が消滅した」というでしょうか。いや、氷というのはもともと特殊な状況下にあった水なのです。それがまた元の状態へ戻ったに過ぎません。私たちの肉体(物質)も本来は「光」だったのかも。ならば‥‥
 「肉体の振動の時代は過ぎ去り、神への旅における人間の発達にとって、それはもはや適当なものではなくなっている。私たちはもはや物理的である必要はないのである」(285)
 春になって「私たちはもはや氷である必要はないのである」と水がいうかも知れません。
(中略)
 「彼らは皆、体に帯びる物質を減らし、大きく拡大された次元の中へ入っていく。それは四次元という表現では足りない。変化はそれ以上のものである」(604)
 ここでも「次元」という言葉が確認できます。しかも、その変化は「四次元以上」だとか。これについて、ケイシーのソースは
 「(現在の)地球は、この太陽系では単に三次元(空間)を表すに過ぎない。では、この太陽系にはいくつの次元があるのか、それは八次元である」(5757/2)
 ここにある「地球は単に三次元を表す」とは、太陽系においては三次元生物の存在する唯一の星、そういう意味ではないでしょうか。(実際、神秘学の教えによれば、この地球以外の惑星にも、三次元以外の存在なら知的生命体は実在すると告げているのです)
 今度は我が(日月神示)の方でこれを見てみましょう。
 「大地も転位、天も転位するのぞ」(五葉之巻15)。どのように?
 「八方的地上から十方的地上になるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変わるのであるぞ」(至恩之巻14)
(中略)
 「灰になる肉体であってはならん。原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ。今の物質で作った何物にも影響されない新しい生命が生まれつつあるのぞ」(五葉之巻16)。
 いうまでもなく、物質は物質にしか影響を与えることができません。これを見る限り、私どもはついに物質を超えた体になるのです。
(中略)
 「あなた方はこのように理解するとよい。この世界が高められた段階に変えられることが必要なだけである。人がそのとき瞬時にして次元を変化させるならば、教会のラプチャーとして述べられているのと同じ有様で、彼(皆さん)は空中で主とまみえるために取り上げられる」(ソロモン241)
 「よくよくあなた方にいっておく。誰でも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」(ヨハネ福音書3/3)



死者の復活
終りの日々
ラプチャー(空中携挙)
UFO
人間(不思議なことにUFOに人間が乗っているように見える





























図8  




神の御業

復活

死者

イエス

キリスト

来臨

再度

引き上げる(空中携挙)

人間




2分割の暗号表





図9 イエスキリストの祝福



ファティマの奇跡

1917年

10月

13日

イエスの母

マリア



ヨセフ

イエス

出現










2分割の図表











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