2011年4月18日

2011年5月16日

ヨハネの黙示録











web情報より










重要
聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。

まず私達が黙示録を解釈しようと志す 時、その一番始めに気をつけなければならないことは、上記、
「私的解釈」と訳されたことば、具体的には、「そのテキストのみから解釈しない」ことです。
これは大原則なのです。何故なら、聖書は、「それには何よりも次のことを知っていなければいけません。」として、私的解釈(その箇所のみから解釈)しないことを強調しているからです。 それで、私達は、このことを知ります。
すなわち、終末に起きるできごとを「解釈する時」、
たとえば、黙示録の記述のみからは決して「結論」をだしてはいけないということです。
逆に他の箇所、たとえば、ダニエル書等からも「2重3重の確認」が必要だということなのです。

それから、もう一つ記憶しておかなければならないことがらは、黙示録の巻き物、すなわち
啓示のことばは、「7つの封印」で閉じられているということです。
それに比べて、たとえば、ダニエルへ語られていることばも「封じておけ」というように
封印されているのですが、しかし、その場合、ダニエルに対して、「7つの封印で封じろ」とは語られていないことを記憶すべきです。
何をいっているのでしょうか?要するに、「一つの封印」よりも「7つの封印」の方が開いたり、解いたり、解釈するのが難しいということを言っているのです。神が7つの封印でこの書、黙示録が閉じられているという時、我々は真面目にその通りにこの書に関して受け取らなければなりません。
あたり前のことですが、一つの鍵で封じられているドアより、7つの鍵で封じられているドアの方が開くのが難しいのです。空き巣に入ろうと思っても7つも鍵を使われていたのでは、侵入はなかなか難しいのです。神がこの巻き物(預言のことば)が7つの封印で封じられているというなら、そのように我々はこの書に関して受け止めなければなりません。
簡単にいえば、この書は他の封印で封じられた書より7倍も難しいのです。

また黙示録のみを根拠にまことしやかに教えられる「終末に起きるできごと」の表を盲信してはいけないと思われます。すなわち、まず7つの封印の期間があり、7つのラッパの時があり、それから、7つの鉢(杯)の時、その後、ハルマゲドン、千年王国、新天新地があってというようなよく「まことしやか」に教えられる例の表のことをいっているのです。

何故なら、ダニエル書にしてもまた福音書にしても黙示録以外の終末について語られている書物からは、そんなタイムテーブルは決して作り得ないからです。この表は黙示録のみを根拠にしている、すなわち、私的解釈の結果、出てきたものなのです。
ダニエル書また、福音書の終末に関する記述は非常にシンプル、そして分かりやすいものです。

いわく、 ヨハネの黙示録:

1. 終末に獣の国が起きてくること。

2.獣の国の支配の下で、主につく聖徒の迫害がある。

3.しかし最後に主の直接介入があり、この獣の国は滅ぼされる。

4.キリストの国が建てられ、主につく人はそこに入る。その国は永遠に続く。




ダニエル書の獣が黙示録の解読の鍵になる:

ダニエルに解き明かしをするのは、御使いたちです。その一人として、後に主イエス・キリストご自身が現われてくださいます(10,12章)。

7:17 これら四頭の大きな獣は、地から起こる四人の王である。7:18 しかし、いと高き方の聖徒たちが、国を受け継ぎ、永遠に、その国を保って世々限りなく続く。』


4頭の獣:

エジプト アッシリア


(1)バビロン

(2)メディア・ペルシャ 

(3)ギリシャ

(4)ローマ帝国・・・・・・・→  EU



ダニエルが見たのは、四頭の獣です。大海から上がって来ています。嵐の中で荒れ狂う、恐ろしい海から、これまた恐ろしく、どうもうな野獣が登場します。これは人間の世界と、4つの大国を表わしているのですが、ネブカデネザルが夢の中で見た人の像とは、ずいぶん異なりますね。人の像は金属で出来ており、輝いていました。この違いは、一言で言えば、人の見方と神の見方の違いです。人間は、世界の大国の栄光の姿を見て、驚き、感心します。弟子たちが、ヘロデが造った神殿を見て、「先生。これはまあ、何とみごとな石でしょう。何とすばらしい建物でしょう。(マルコ13:1)」と言ったようにです。けれども、イエスは、「この大きな建物を見ているのですか。石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。」とお答えになり、戦争、ききん、家族同士の殺し合い、偽預言者など、人間の世界が醜くいこと、暗やみに包まれていることをお話しになりました。同じように、ダニエルが見た夢は、荒れ狂う、恐ろしい人間の世界を表わしています。神は、人間の支配を、不法と悪がはびこる世界として見ておられます。

 第一のものは獅子のようで、鷲の翼をつけていた。見ていると、その翼は抜き取られ、地から起こされ、人間のように二本の足で立たされて、人間の心が与えられた。

 第一の獣は獅子でした。これはバビロン帝国のことを表わします。他の預言書には、バビロンが獅子にたとえられており(エレミヤ4:7など)、またバビロンの宮殿の中には、翼のある獅子がいました。そして、人間のように二本足で立ち、人間の心が与えられたのは、ネブカデネザルが獣のように狂ったけれども、また理性が戻ってきたことを表わしています。

 また突然、熊に似たほかの第二の獣が現われた。その獣は横ざまに寝ていて、その口のきばの間には三本の肋骨があった。するとそれに、『起き上がって、多くの肉を食らえ。』との声がかかった。

 熊は、メディヤ・ペルシヤ帝国です。3本の肋骨とは、その前に出てきた大国である、エジプト、アッシリヤ、バビロン帝国を指しているのかもしれません。そして、「多くの肉を食らえ」という声がかかったとありますが、イザヤ書17章には、メディヤ人が、金や銀にも目がくれず、ことごとく人を殺していくこと、子どもたちも胎児も殺していくことが預言されていました(17−18節)。

 この後、見ていると、また突然、ひょうのようなほかの獣が現われた。その背には四つの鳥の翼があり、その獣には四つの頭があった。そしてそれに主権が与えられた。

 
第三の獣はひょうのようなものです。4つの翼があり、4つの頭があります。これはギリシヤ帝国を表わしています。ペルシヤ帝国を倒したのは、アレキサンダー大王です。彼は若くして死に、4人の総督にその帝国が分割されました。小アジア、シリヤ、エジプト、そしてマケドニアです。


マケドニア、シリア、メソポタミア、エジプトの分割統治(4つの角)

 その後また、私が夜の幻を見ていると、突然、第四の獣が現われた。それは恐ろしく、ものすごく、非常に強くて、大きな鉄のきばを持っており、食らって、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。これは前に現われたすべての獣と異なり、十本の角を持っていた。

 第四の獣は、自然の中に存在しないようなものです。大きな鉄のきばを持っています。人の像の足は鉄で出来ていましたが、この獣はローマ帝国のことです。食らってかみついた、とありますが、ローマ帝国は、ことごとく世界の諸国を制覇し、服従させました。そして、この獣の大きな特徴は、十本の角を持っていることです。ネブカデネザルの夢では、10本の足の指に相当します。つまり、ローマが10の諸国の連合、あるいは10の諸地域の連合になると考えることができます。そして、これがヨーロッパ連合に匹敵すると多くの聖書学者は言います。あるいは、世界の10の経済圏や政治圏であると言う人たちもいます。けれども、こういう質問を持っておられる方がいらっしゃるかもしれません。「バビロン、ペルシヤ、ギリシヤはそのまま続けて出現したのに、なんでローマ帝国だけが現代にまで飛躍してしまうのですか。ローマ帝国がなくなってからヨーロッパ連合が出来るまで、1500年以上の空白があるではないですか。」そうです、そのとおりなのです。長い空白期間があります。このことについては、第五回目のしめくくりで詳しく話させていただきます。


 私がその角を注意して見ていると、その間から、もう一本の小さな角が出て来たが、その角のために、初めの角のうち三本が引き抜かれた。よく見ると、この角には、人間の目のような目があり、大きなことを語る口があった。

 10本の角の間から、一本の小さな角が出てきました。この角のために、3本が引き抜かれました。そして、人間のような目があり、大きなことを語る口があります。実に変な幻ですが、これこそ反キリストに他なりません。反キリストは、10の諸国から、最初は影響力を持たないで出現します。そのときに、他の3人の支配者を倒します。そして、彼は大きなことを語ります。大言壮語します。このことについては、7章の最後のほうにまた出て来るので、そのとき話しましょう。





ダニエル8章3−8 20章〜25章    天使 ガブリエルの説明

ガブリエル」という名前が出てきました。彼は、イエス様の御降誕と、その前にバプテスマのヨハネの誕生を告げに来た御使いです(ルカ1章)。クリスマスの時に出てくるので聞いたことが多いかと思います。けれども彼は既にここダニエル書に現れています。イエス様がお生まれになる約550年前に、既にダニエルの幻の中に現れています。


8:3 私が目を上げて見ると、なんと一頭の雄羊が川岸に立っていた。それには二本の角があって、この二本の角は長かったが、一つはほかの角よりも長かった。その長いほうは、あとに出て来たのであった。

 メディヤ・ペルシヤの姿を実に鮮やかに描いています。二本の角はもちろん、メディヤ国とペルシヤ国を表しています。そして「一つがほかの角よりも長かった」のは、ペルシヤがメディヤよりも強くなり、実質的にペルシヤの国になったからです。けれども、メディヤ国のほうがペルシヤよりも先に出ていました。したがって、「その長いほうは、あとに出て来たのであった。」とあります


8:5 私が注意して見ていると、見よ、一頭の雄やぎが、地には触れずに、全土を飛び回って、西からやって来た。その雄やぎには、目と目の間に、著しく目だつ一本の角があった。

 これはギリシヤの預言です。7章のギリシヤは豹であり、しかも四つの翼を持つ豹でした。ここでは地に触れずに全土を飛び回っている雄やぎです。これは、驚異的な速度で当時知られた世界を征服した、ギリシヤ出身のアレキサンダー大王を預言しています。


8:6 この雄やぎは、川岸に立っているのを私が見たあの二本の角を持つ雄羊に向かって来て、勢い激しく、これに走り寄った。8:7 見ていると、これは雄羊に近づき、怒り狂って、この雄羊を打ち殺し、その二本の角をへし折ったが、雄羊には、これに立ち向かう力がなかった。雄やぎは雄羊を地に打ち倒し、踏みにじった。雄羊を雄やぎの手から救い出すものは、いなかった。

 これは、アレキサンダー大王がペルシヤのダリヨス三世と戦った時の模様です。かつてペルシヤはギリシヤに遠征してきましたから、その仕返しを込めて戦いました。小アジヤ西部で行なわれたグラニコス川での戦い、東南部で行なわれたイッススの戦い、そしてイラクにあるガウガメラの戦いです。これでついにダリヨス三世が倒れました。紀元前331年のことです。

8:8 この雄やぎは、非常に高ぶったが、その強くなったときに、あの大きな角が折れた。そしてその代わりに、天の四方に向かって、著しく目だつ四本の角が生え出た。

 アレキサンダー大王は、30歳そこそこの若さで死にました。征服できる所はすべて征服したアレキサンダーは、バビロンの宮殿で酒に酔いしれました。それがきっかけで病に伏し死にました。「その強くなったときに、あの大きな角が折れた」との表現の通りです。

 そして、彼の息子はあまりにも幼少であり後継者になることはできませんでした。彼の死後、主導権を得るための戦いが続きましたが、ついに彼の四人の総督に分割されることになりました。西方のギリシヤとマケドニヤはカッサンドロスが、小アジヤとトラキアはリュシマコスが、そしてシリヤとバビロンはセレウコスが、最後にエジプト、アラビア、パレスチナ地方はプトレマイオスが引き継ぎました。


2B 終わりの憤りの時 20−27
8:20 あなたが見た雄羊の持つあの二本の角は、メディヤとぺルシヤの王である8:21 毛深い雄やぎはギリシヤの王であって、その目と目の間にある大きな角は、その第一の王である。8:22 その角が折れて、代わりに四本の角が生えたが、それは、その国から四つの国が起こることである。しかし、第一の王のような勢力はない 

 先ほど説明したとおりです。メディヤ・ペルシヤをギリシヤが倒した後、その王アレキサンダーは夭折します。それから四人の総督に国が分割されます。

マケドニア、シリア、メソポタミア、エジプトの分割統治(4つの角)





イエスはたとえによらないで話されることはなかった”と書いてあるように、



伊達巌 説



イマニュエル スエデンボルグ著「 啓示による黙示録解説」


すべて教会内の出来事として、とらえているが、「黙示録」は教会内の狭い範囲だけではなく、世の中全体の雛形としてととらえるべき。

この世界全体、人類全体に関するものと解釈する。つまり、終わりの時代に生きる人類全体への警告書と見るべきものである。

一番大事な13章の海からくる獣が、ダニエル書で天使ガブリエルからの説明があるように、

バビロン、メディア・ペルシャ、ギリシャ、ローマ帝国等に関係することをほのめかしているように、

人類の歴史(帝国の支配)を正確に意味していることからも分かる。




帝国

神より;獣とは


























バビロン


ギリシャ





ペルシャ



メディア



図版挿入

NO.64




神より;獣とは

帝国

バビロン

メディア ペルシャ

ギリシャ

ローマ















(2分割の画像)












イマニュエル スエデンボルグ著

啓示による黙示録解説


神の啓示に基づき、すべての旧約、新約聖書全体の内容(たとえ)の整合性から見た詳しい解釈方法、説明が書かれている。
























ヨハネの黙示録 第6章



1) 小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。
2) そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた。
3) 小羊が第二の封印を解いた時、第二の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。
4) すると今度は、赤い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、人々が互に殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。
5) また、第三の封印を解いた時、第三の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。そこで見ていると、見よ、黒い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、はかりを手に持っていた。
6) すると、わたしは四つの生き物の間から出て来ると思われる声が、こう言うのを聞いた、「小麦一ますは一デナリ。大麦三ますも一デナリ。オリブ油とぶどう酒とを、そこなうな」。
7) 小羊が第四の封印を解いた時、第四の生き物が「きたれ」と言う声を、わたしは聞いた。
8) そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。
9) 小羊が第五の封印を解いた時、神の言のゆえに、また、そのあかしを立てたために、殺された人々の霊魂が、祭壇の下にいるのを、わたしは見た。
10) 彼らは大声で叫んで言った、「聖なる、まことなる主よ。いつまであなたは、さばくことをなさらず、また地に住む者に対して、わたしたちの血の報復をなさらないのですか」。
11) すると、彼らのひとりびとりに白い衣が与えられ、それから、「彼らと同じく殺されようとする僕仲間や兄弟たちの数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と言い渡された。
12) 小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、
13) 天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた。
14) 天は巻物が巻かれるように消えていき、すべての山と島とはその場所から移されてしまった。
15) 地の王たち、高官、千卒長、富める者、勇者、奴隷、自由人らはみな、ほら穴や山の岩かげに、身をかくした。
16) そして、山と岩とにむかって言った、「さあ、われわれをおおって、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りとから、かくまってくれ。
17) 御怒りの大いなる日が、すでにきたのだ。だれが、その前に立つことができようか」。




解読

イエス・キリストからの啓示


『マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋 ヨハネの黙示録』

反キリストとはなにものであろうか?

(1943年8月20日現在

P80「ここ数年来、特に第二番目の千年紀を締めくくろうとしている今世紀の初め以降起こっていることをじっくり観察するなら、七つの封印が解かれたと考えずにはいられないだろう。わたしが、わたしの選んだ人々の隊列を集め、彼らと出陣するため、わたしの天使たちと力を合わせて、人類に深淵の扉を開こうと画策する神秘的な勢力に戦いを挑むため、わたしの言葉をたずさえ、あなたたちのあいだに戻ってくるに当たって今ほど気持ちが高ぶったことはかつてない。・・・・・中略・・・・・

P81わたしの選んだ人々に平和!もう少しして、わたしは来るだろう。人間の創造と、神の子の生贄を釈明するために必要な犠牲の総量にはまだ達していない。わたしの大群の配列はまだ終わっていないし、しるしの天使たちは栄光を受けるために選ばれるに値した人々すべての額にまだ栄光の刻印を押していない。

 

(1943年8月7日現在)P88「ルシフェルは神を模倣しようとつとめる。もちろんそれは悪においてである。言うなれば、神の子が有した生活と王宮の、恰好良さを身につける。悪魔がキリストを気取り、キリストと同じように使徒や弟子たちをもつ。この連中のなかからいちばん完璧な者を選び、反キリストに仕立てる。さしあたり今は反キリストの先駆者たちの準備期間だ」と。これをわたしはすでに言った。





第7の封印の出来事の"あとに"7つのラッパの出来事が、第7のラッパの出来事の"あとに"7つの鉢の出来事があると思いがちだが、そうではない。第7の封印の"内容として"7つのラッパがあり、第7のラッパの"内容として"7つの鉢がある.。

 同様に、「七つのラッパ」の終わった後に「七つの鉢」があるのではなく、第七のラッパの内容として七つの鉢があります
もしこれを、七つの封印が終わってから七つのラッパがあり、七つのラッパが終わってから七つの鉢があるように思ってしまうと、黙示録はわからなくなってしまいます。



http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/shumatsu02.htm


巻き物の外側の預言が封印の預言
内側の預言がラッパの預言


 黙示録は、キリストの使徒ヨハネが、キリストから示された預言的な幻や、預言の言葉を記した書物です。
 このとき使徒ヨハネは、それらの預言的幻や預言の言葉を、「巻き物」によって示されました。神の「巻き物」によって示された預言的幻と言葉を記したものが、「ヨハネの黙示録」なのです。
 じつは黙示録には、「巻き物」が二つ出てきます。"大きな巻き物"と"小さな巻き物"です。
 まず、"大きな巻き物"について見てみましょう。こう記されています。
 「私(ヨハネ)は、御座にすわっておられる方(神)の右の手に、巻き物があるのを見た。それは内側にも外側にも文字が書き記され、七つの封印で封じられていた」(黙示五・一)。
 この「巻き物」が、大きな巻き物です。それは神の巻き物であって、預言の巻き物なのです。これには「内側にも、外側にも」預言の言葉が記されていました。
 この巻き物は、「七つの封印」で封じられています。七つのシールが貼られているのだ、と思えばいいでしょう。あるいは、七つの紐がかけられているのだ、と思えばよいでしょう。
 その一つ一つを解いていくたびに、いわゆる「封印の幻」・・預言の幻が、ヨハネに見えていくのです。
 「巻き物」というものは、封印の全部を解いてしまうまでは、決して開かれません。一つでもシールが残っていると、開けることができないのです。


7つの封印全部を解いたときに
初めて巻き物が開かれる

 第六の封印の時までは、まだ巻き物は開かれていません。第七の封印が解かれて、はじめて巻き物が開かれるのです。
 したがって「封印の幻」は、巻き物の「外側」に記された文字による幻、ということができます。巻き物の封印を一つ一つ解くたびに、巻き物の「外側」に記された預言の幻と言葉が、ヨハネに示されるのです。
 そして「第七の封印」が解かれ、巻き物が開かれると、「七つのラッパ」の預言が開始されます。七つのラッパの預言は、巻き物の「内側」に書かれている文字によるものなのです。
 「封印の幻」が巻き物の外側の文字によるものであるのに対し、「ラッパの幻」は、巻き物の内側の文字によるものです。
 つぎに、もう一つの巻き物・・小さな巻き物について見てみましょう。
 これは、「第七のラッパ」の内容を詳しく記した巻き物です。黙示録では、第七のラッパは特別なラッパとされ、「神の奥義」が成就する時を示すものとされています。
 そこで、第七のラッパの内容を詳しく預言するために、もう一度、今度は「小さな巻き物」がヨハネに与えられるのです。
 「私(ヨハネ)は、御使いの手からその小さな巻き物を取って食べた。すると、それは口には蜜のように甘かった。それを食べてしまうと、私の腹はにがくなった。
 そのとき彼らは私に言った。『あなたはもう一度、もろもろの民族、国民、国語、王たちについて預言しなければならない』」(黙示一〇・一〇〜一一)。
この「小さな巻き物」も、やはり預言の巻き物なのです。ヨハネは、これを「食べ」ました。
 「食べる」という行為は、聖書では、自分の内に"展開"していくことを意味しています。
 かつてアダムとエバは、善悪を知る木の実を「食べ」ました。すると、彼らとその子孫の内に、善と悪が展開していきました。
 預言者エゼキエルも、あるとき預言の巻き物を、「食べ」させられました。すると、巻き物に記された預言が彼の内に展開し始め、彼の口から次々に預言の言葉が出てきました(エゼ二・八〜四)。
 使徒ヨハネも、「小さな巻き物」を与えられて、それを「食べ」ました。すると、彼の内に預言の言葉が展開し始め、神のご計画の完成する特別な「第七のラッパ」の時のことについて、新たな預言を始めたのです。

図版挿入

NO.71






封印の幻は一種の予告編

 私たちは、第七の封印の内容として七つのラッパがあり、第七のラッパの内容として七つの鉢があることを見ました。
 ここで、「封印」「ラッパ」また「鉢」の関係はどうなっているのかについて、もう一度詳しく見てみましょう。
 封印の幻は、預言の「巻き物」の外側の文字によるものであり、ラッパの幻は、内側の文字によるものです。つまり、封印の幻は"予告編"のようなものであり、ラッパの幻が"本編"なのだと言うことができるでしょう。
 封印の幻は、ちょうど映画の"予告編"のようなものなのです。映画館では、よく近日上映の映画の予告編が見せられます。
 予告編は、映画の幾つかの場面を人々に見せることにより、実際の映画がどのような雰囲気を持ったものかを示します。それと同様に、封印の幻という"予告編"は、終末の時代に関するラッパの幻の"本編"に入る前に、その幾つかの場面を見せるものとなっているのです。

 封印の幻について、詳しく見てみましょう。
 第一の封印に表徴される預言的幻は、"勝利"です。
 「小羊(キリスト)が七つの封印の一つを解いたとき・・・・私(ヨハネ)は(預言的幻のうちに)見た。見よ。白い馬であった。それに乗っている者は弓を持っていた。彼は冠を与えられ、勝利の上にさらに勝利を得ようとして出て行った」(黙示六・一〜二)。
 この「勝利」は、終末の時代における福音宣教を象徴するものと思われます。イエス・キリストは、
 「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから終わりの日が来ます」(マタ二四・一四)
 と言われました。患難時代の苦難の中でも、福音は勝利をおさめていくのです。

 つぎに、第二の封印の幻は、戦争の多発です。
 「第二の封印を解いたとき・・・・別の火のように赤い馬が出てきた。これに乗っている者は、地上から平和を奪い取ることが許された。人々が互いに殺し合うようになるためであった」(黙示六・四)。
 この幻は、地上における戦争の多発を表徴しているものです。イエス・キリストは、
 「戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょう。・・・・民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がります」(マタ二四・六〜七)
 と言われました。

 第三の封印の幻は、ききんです。
 「第三の封印を解いたとき・・・・私は見た。見よ。黒い馬であった。これに乗っている者は量りを手に持っていた。すると私は、一つの声のようなものが・・・・こう言うのを聞いた。『小麦一枡は一デナリ。大麦三枡も一デナリ。オリーブ油とぶどう酒に害を与えてはいけない』」(黙示六・五〜六)。
 「一デナリ」は、日雇い労働者の一日分の給料に相当します。これは、極端な食糧不足で価格が上昇したことを言っているのです。これについてイエス・キリストは、
 「方々にききん・・・・が起きます」(マタ二四・七)
 と言われました。

 第四の封印の幻は、多くの"死"です。
 「第四の封印を解いたとき・・・・私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデス(よみ=死者の世界)がつき従った。彼らに、地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣(独裁者)によって殺す権威が与えられた」(黙示六・七〜八)。
 患難時代には多くの人々が、戦争や、ききんや、死病や、世界的独裁者(象徴的に獣と呼ばれる)の圧政によって死ぬのです。



 第五の封印の幻は、患難時代中のクリスチャンへの迫害と、殉教者たちに関する幻です。
 「第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々の魂が祭壇の下にいるのを見た。彼らは大声で叫んで言った。『聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか』。
 すると彼らの一人一人に白い衣が与えられた。そして彼らは、『あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数の満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい』と言い渡された」(黙示六・九〜一一)。
 これについてイエス・キリストは、
 「人々は、あなたがたを苦しい目に会わせ、殺します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。・・・・しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます」(マタ二四・九〜一三)
 と言われました。

 つぎは第六の封印の幻ですが、私たちはこれにとくに注目すべきでしょう。この幻は患難時代のあと、千年王国も終わって、天地が過ぎ去り、最後の審判の法廷が開かれる時のものだからです。
 「第六の封印を解いた時・・・・天は、巻き物が巻かれるように消えてなくなり、すべての山や島がその場所から移された」(黙示六・一二〜一七)。
これは明らかに、天地が過ぎ去る時・・万物更新の時のことを言っています。「患難時代」の後に「千年王国」があり、そののち天地は過ぎ去り、最後の審判の法廷が神の御座において開かれるのです。
第六の封印の幻は、その時のことまで垣間みさせているわけです。これは「封印の幻」が、"本編"預言に入る前の、いわば"予告編"だからなのです。
 先に、もし封印の幻が七つ終わった後にラッパの幻の出来事に入ると考えてしまうと、何がなんだかわからなくなってしまうと書きましたが、その理由はここにあります。
 六つの封印の幻は、本編預言に入る前の、一種の"予告編"なのです。予告編では、終末の時代のおもなトピックスを、いくつかかいま見させています。ですから第六の封印の幻では、万物更新の時のことまで垣間みさせているのです。

 最後に、第七の封印が解かれると、いよいよ巻き物が開かれます。封印が全部解かれるので、はじめて巻き物が開くのです。
 巻き物が開くと、"本編預言"が開始されます。患難時代について、さらに詳しい預言がなされるのです。
 第七の封印が解かれるとともに、巻き物の内側に記された「七つのラッパ」の預言が解き放されます。この七つのラッパの幻が、"本編"の預言なのです。


ラッパの幻が本編

 本編預言である七つのラッパの幻を見てみましょう。

 まず、第一のラッパに表徴される預言的幻は、地上に対する災いの幻です。
 「第一の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、血の混じった雹と火とが現われ、地上に投げられた。そして地上の三分の一が焼け、木の三分の一も焼け、青草が全部焼けてしまった」(黙示八・七)。

 つぎに第二のラッパの幻は、海に対する災いです。
 「第二の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると火の燃えている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして海の三分の一が血となった。すると海の中にいた命のあるものの三分の一が死に、舟の三分の一も打ちこわされた」(黙示八・八〜九)。

 第三のラッパの幻は、川に対する災いです。
 「第三の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が天から落ちてきて、川々の三分の一とその水源に落ちた。この星の名は苦よもぎと呼ばれ、川の水の三分の一は苦よもぎのようになった。水が苦くなったので、その水のために多くの人が死んだ」(黙示八・一〇〜一一)。
 これら第一、第二、第三のラッパの幻に示された災害は、たとえば直径数キロ〜十キロ程度の大隕石、または小惑星が地球に衝突したような際に引き起こされる災害を想起させるものです。大隕石または小惑星が地球に衝突すると、それは大気圏突入の際に火だるまになって落ちてくるので、巨大な火、または血の塊のように見えるでしょう。
 それが「地上」に落ちれば、巨大な地震を引き起こし、さらには落下地点からかなり広い範囲にまで、猛烈な熱によって多くのものを焼き尽くすのです。それが「海」に落ちれば、巨大な津波を引き起こすほか、猛烈な熱が多くの海洋生物を死に至らせるはずです。
 さらに、落下地点の付近に原子力発電所があるような場合は、それが破壊されて放射能が漏れだし、多くの「川の水を汚染」するでしょう。
 かつてロシアで、「チェルノブイリ原子力発電所」が爆発事故を起こして放射能が漏れだしたとき、川が汚染されて多くの人が死にました。この「チェルノブイリ」は、ロシア語で「苦よもぎ」の意味です。


 もし将来、大隕石または小惑星の地上への落下により、原子力発電所が破壊され、放射能が漏れ出すことがあれば、人々はかつての「チェルノブイリ発電所」の記憶に従い、それをチェルノブイリ(苦よもぎ)と呼ぶに違いありません。
 実際、今日多くの自然保護団体は、原子力発電所の事故を心配して、「第二、第三のチェルノブイリを起こしてはならない」と言って運動を展開しています。
 これらが、第一、第二、第三のラッパで言い表されている災害であるとも考えられます。

 第四のラッパは何でしょうか。
 科学者によれば、もし大隕石あるいは小惑星が地球に衝突すると、その衝撃により莫大な量のチリが空高く舞い上げられ、大気上空の成層圏にまで達するといいます。それは上空で広い範囲をおおい、長い間地上に暗黒をもたらすはずです。
 そのため、その期間は太陽や月や星が、地上からはよく見えなくなるでしょう。「第四のラッパ」の幻で言われていることは、そのことかも知れません。
 「第四の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一が打たれたので、三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、また夜も同様であった」(黙示八・一二)。
 このように第一〜第四のラッパの災いは、陸・海・川・空における自然災害です。これらの自然災害で被害を受ける人々も少なくありません。
 しかし、第五のラッパ以降、その災いはさらに直接的に人間に及んでいきます。

伊達巌:第5のラッパ:サタンの広がり

第1の災い



 第五のラッパの幻は、「額に神の印を押されていない人々」に対する災いです。
 「彼らは、地の草やすべての青草や、すべての木には害を加えないで、ただ、額に神の印を押されていない人間にだけ害を加えるように言い渡された」(黙示九・四)。
 額に神の印を押されていない人々には災いが下り、一方、印を押された人々は、この災いの中でも守られるのです。聖書によると、すべてのクリスチャンは、「聖霊による証印」を押されています(エペ一・一三)
 額にこの神の印を押されていない人々に対して、災いが下るというのですが、それはどんな災いでしょうか。それはおそらく一種の疫病のようです。
 「人間にだけ害を加えるように言い渡された。しかし、人間を殺すことは許されず、ただ五か月の間苦しめることだけが許された。その与えた苦痛は、さそりが人を刺したときのような苦痛であった。その期間には、人々は死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げて行くのである}(黙示九・四〜六)。
 この人間にだけ与えられる苦痛は、おそらく一種の疫病によるものでしょう。そしてその疫病が猛威をふるう期間は、「五か月間」です。



伊達巌:第6のラッパ:ユーフラティス川を越えての大戦・人類の三分の一の人々の死

第2の災い



 第六のラッパの幻は、人類の三分の一の人々の死滅と、異邦人によるエルサレム蹂躪(じゅうりん)に関する幻です。
 「これらの三つの災害、すなわち彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、人類の三分の一は殺された」(黙示九・一八)。
 黙示録が記された当時(一世紀)、人類の三分の一が一度に死ぬなどということは、ほとんど考えられないことでした。しかし、核爆弾を持つ現代世界にあっては、それも充分あり得るようになっています。
 またこれに続いて、聖都エルサレムが三年半にわたって踏みにじられる、という出来事が起きます。
 「彼ら(異邦人)は、聖なる都を四二か月の間踏みにじる」(黙示一一・二)。


 しかし、異邦人に踏みにじられているこの四二か月=三年半の間においても、神の二人の預言者がエルサレムに現われ、預言活動をします。二人の預言者はその三年半の最後に、その頃世界に台頭する独裁者(獣)に殺されます。しかし三日半の後によみがえり、人々の見ている中を昇天します(黙示一一・一一〜一二)。


伊達巌:第7のラッパ:7つの鉢 全面的な最大限の災害
ハルマゲドン

第3の災い




 最後の第七のラッパの幻は、患難時代のクライマックスに関するものです。
 第七のラッパは、使徒パウロが「終わりのラッパ」(一コリ一五・五二)と言い表したものであり、最も重要なものです。
 第七のラッパが吹かれると、次々に驚くべき出来事の預言的幻が示されます。三年半にわたって最後の活動をする「獣」(悪の独裁者)のこと、キリストの再臨、キリスト者の携挙(黙示一四・三)、そしてキリストによって地上の悪に対して下される審判(黙示一四・一九)などに関する預言的幻です。
これらのことが、第七のラッパの時・・すなわち患難時代の末期に起きます。
 「七つの鉢の災害」は、この第七のラッパの出来事の一部です。地上の悪に対するキリストの審判は、「七つの鉢の災害」として示されているのです。
「七人の御使いが、最後の七つの災害を携えていた。神の激しい怒りは、ここに窮まるのである」(黙示一五・一)。


 「七つの鉢の災害」は、第七のラッパの幻の中で起きることであって、"本編"預言のクライマックス部分なのです。
 このように、まず封印の幻という"予告編"があり、つぎにラッパの幻という"本編"の預言に入り、最後に、鉢の幻という"クライマックス"の記述があるのです。


鉢の幻は患難時代のクライマックス

 「鉢」で表徴される預言的幻について見てみましょう。

 第一の鉢は、獣(独裁者)を拝む人々に対する悪性のはれものの災いです。
 「第一の御使いが出て行き、鉢を地にむけてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々と、獣の像を拝む人々に、ひどい悪性のはれものができた」(黙示一六・二)。

 第二の鉢は、海への災いです。
 「海は死者の血のような血になった。海の中のいのちのあるものは、みな死んだ」(黙示一六・三)。
 かつて第二のラッパの時には、海の中で死んだのは「三分の一」でした。しかし第二の鉢の時には、その残りもすべて死ぬのです。

 第三の鉢は、川と水の源への災いです。
 「第三の御使いが、鉢を川と水の源にぶちまけた。すると、それらは血になった」(黙示一六・四)。

 第四の鉢は、太陽の炎熱です。
 「太陽は火で人々を焼くことを許された。こうして人々は、激しい炎熱によって焼かれた。しかも彼らは、これらの災害を支配する権威を持つ神の御名に対してけがしごとを言い、悔い改めて神をあがめることをしなかった」(黙示一六・八〜九)。
 これは炎天下のもと、何らかの要因が重なって、気温が激しく上昇することを意味しているように思えます。

 第五の鉢は、暗黒です。
 「獣の国は暗くなり、人々は苦しみのあまり舌をかんだ。そしてその苦しみと、はれものとのゆえに、天の神に対してけがしごとを言い、自分の行ないを悔い改めようとしなかった」(黙示一六・一〇〜一一)。
 炎天下の次には、黒雲が何日も覆う日が続きます。そのため、気温が極度に下がり、人々は苦しみもだえるでしょう。

 第六の鉢は、ハルマゲドンの戦いの準備です。
 「(大ユーフラテス川の)水は、日の出るほうから来る王たちに道を備えるために、かれてしまった。・・・・彼ら(悪霊)は、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に、王たちを集めた」(黙示一六・一二〜一六)。
 ハルマゲドンとは、メギドの丘という意味で、イスラエル北部の地です。そこに多くの軍隊が、イスラエルに攻めいるために集結します。しかし、やがてキリストが再臨し、彼らを滅ぼされます。それが有名な「ハルマゲドンの戦い」です。
 それはいわゆる"人類絶滅の核戦争"のことではありません。キリスト対地上の悪の勢力の戦いなのです。これについては、あとでまた見ましょう。

 第七の鉢は、巨大地震、その他の天変地異、および大バビロン(終末の時代に世界を支配する都)の滅亡です。
 「大きな地震があった。この地震は、人間が地上に住んで以来、かつてなかったほどのもので、それほどに大きな強い地震であった。また・・・・大バビロンは、神の前に覚えられて、神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。
 島はすべて逃げ去り、山々は見えなくなった。また一タラント(約三五キログラム)ほどの大きな雹が、人々の上に天から降ってきた。人々は、この雹の災害のため、神にけがしごとを言った」(黙示一六・一八〜二一)。


 こうした天変地異については、イエス・キリストも次のように預言されました。
 「その時には、世の初めから今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。・・・・太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます」(マタ二四・二一、二九)。

 第七の鉢が終わると、続いて天が開かれ、キリストが地上に再臨されます。彼はハルマゲドンの地で、獣とその軍勢を破られます(黙示一九・一一〜二一)。キリストは彼らに審判を下し、地上から悪を一掃されます。

 このように患難時代には、とくに末期になると、激しい天変地異も起きるようになります。患難時代の苦難は、初期から末期にかけて、だんだんと激しいものになるのです。
このような苦難の中で、クリスチャンは一体どうやって守られるのでしょうか。
 それは、あとで詳しく見たいと思います。ここではただ、主イエスが語られた次の約束だけを見ておきましょう。
 「あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう」(黙示三・一〇)。
 「もし(苦難の)日数が少なくされなかったら、ひとりとして救われる者はないでしょう。しかし、選ばれた者(クリスチャンたち)のために、その日数は少なくされます」(マタ二四・二二)。
 「あなたがたの髪の毛一筋も失われることはありません。あなたがたは忍耐によって、自分のいのちを勝ち取ることができます」(ルカ二一・一八〜一九)。
 「あなたがたは、やがて起ころうとしているすべてのことからのがれ、人の子(キリスト)の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい」(ルカ二一・三六)


患難時代は前兆期・第一期・第二期・第三期からなる

 私たちは黙示録を中心に、患難時代の様々な出来事について大ざっぱに見てきました。さらに私たちは、イエス・キリストが「福音書」において語られたことや、「ダニエル書」その他の預言をもふまえ、最後にもう一度、患難時代について検討を加えてみましょう。
 これらの聖書の預言をすべて総合してみると、患難時代は前兆期、第一期、第二期、第三期というように4つの時期に分けて考えられることがわかります。
 まず、患難時代はその主要な期間に入る前に、長い「前兆期」と呼べる時代があります。第一〜第四のラッパの出来事も、この前兆期の中に含まれます。
 そして第五のラッパ以降が、患難時代の主要部となります。なぜなら黙示録に、
 「第五の御使いがラッパを吹き鳴らした。……第一のわざわいは過ぎ去った。見よ、この後なお二つのわざわいが来る」(黙示九・一二)
 と記されています。第五のラッパが「第一のわざわい」と呼ばれているのです。すなわち、これが患難時代の第一期です。
 一方、第六のラッパは第二のわざわいと呼ばれ、第七のラッパは第三のわざわいと呼ばれています。
 「第二のわざわいは過ぎ去った。見よ。第三のわざわいがすぐに来る。第七の御使いがラッパを吹き鳴らした・・・・」(黙示一一・一四〜一五)。
 このように、黙示録において患難時代の主要部は、「第一のわざわい」〜「第三のわざわい」という三つの時期にわけて記されています。これら三つが、患難時代の第一期、第二期、第三期ということになります。すなわち、

前兆期:第1〜4のラッパ ある程度長い期間
第1期:第5のラッパ(第1の災い)   5ヶ月
第2期:第6のラッパ(第2の災い)   3年半
第3期:第7のラッパ(第3の災い)   3年半

 という対応関係になっています。詳しくみてみましょう。

前兆期
 まず、患難時代前兆期についてです。
 前兆期には、イスラエル国家の再建(一九四八年)、世界大戦等の全面戦争、偽キリスト、偽預言者の出現、疫病、ききん、地震、不法の増加、福音の世界宣教、その他のことが起きます。
 これらのことは、とくにイエス・キリストが、マタイ福音書二四章の一〜一四節などで語られていることです。これらはすでに、現代社会において成就していることでもあります。
 またこれらに加えて、上で述べた第一〜第四のラッパのわざわいも起こってくるでしょう。すなわち陸・海・川・空に、自然界のすさまじい災害が発生します。
 しかし、これらはまだキリストが言われた「産みの苦しみの初め」、すなわち前兆期の出来事なのです。
 前兆期は、数年や数カ月の短い期間ではなく、ある程度の長い年月でしょう。方々に戦争や、ききんが繰り返し起こり、またこれから起こるべきことも残されているので、それはある程度長い年月となります。 
 そののち時代は、患難時代の主要部――すなわち第一期、第二期、第三期へと入っていきます。


患難時代第一期

 第一期は、黙示録でいう第五のラッパの出来事、すなわち先に述べた「五ヶ月間」におよぶ特殊な疫病の期間です。
 すなわち、このことが起こったなら、患難時代はすでに前兆期を終え、主要部の第一期に突入したと考えなければなりません。
 これはまだ起きていないので、私たちはまだ第一期には入っていません。
 さらに、前兆期〜第一期のあいだに成就しなければならないことが、まだ幾つか残っています。
 その一つは、エルサレムにユダヤ人の神殿が再建されることです。なぜならユダヤ人の神殿は、患難時代第二期以降において踏み荒らされるはずなので、第一期までの間に再建され、しばらくの間ユダヤ人はそこで祭儀を続けると予想されるのです。
 また、第一期までに、かつてのローマ帝国の末裔の国々から、"十か国の軍事的同盟国"が現われるはずです。十か国の同盟国は、第二期以降において、世界を揺るがす存在となるでしょう。
 さらに、彼らの頭として、「獣」と象徴的に呼ばれる独裁者が出現します。「獣」は、第一期までの間に世界に誕生するはずです。そして、すでにある程度の力はすでに持ち始めるでしょう。


患難時代第二期
 つぎに、患難時代が第二期に入ると、エルサレムが異邦人によって踏み荒らされます。イエスは言われました。
 「しかし、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、そのときには、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。・・・・人々は剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる国に連れていかれ、異邦人の時の終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされます」(ルカ二一・二〇)。
 エルサレムが軍隊に包囲されたときから、患難時代第二期が始まるのです。エルサレムは「異邦人の時」と呼ばれる期間、異邦人に踏み荒らされますが、この「異邦人の時」は黙示録によれば三年半です。こう記されています。
 「彼ら(異邦人)は、聖なる都を四二か月の間踏みにじる」(黙示一一・二)。
 四二か月すなわち三年半の間、エルサレムは異邦人によって踏み荒らされるのです。「異邦人の時」とは、終末の時代の特定のエルサレム蹂躙期間をさしているのです。
 すなわち患難時代第二期は、三年半です。
 黙示録においては、エルサレム蹂躙は第六のラッパの出来事として語られています。
 第六のラッパは、「第二のわざわい」とも呼ばれています。
 「第二のわざわいは過ぎ去った。見よ。第三のわざわいがすぐに来る。第七の御使いがラッパを吹き鳴らした・・・・」(黙示一一・一四〜一五)。
 第六のラッパは「第二のわざわい」と呼ばれ、第七のラッパは「第三のわざわい」と呼ばれているのです。第二のわざわいは患難時代の第二期に、第三のわざわいは第三期に相当します。


患難時代第三期
 最後に、患難時代は第三期に入ります。
 第三期は、イエスが次のように語られた時代です。
 「これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。そのとき人の子(キリスト)のしるしが天に現われます。
 すると地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。
 人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民(クリスチャン)を集めます」(マタ二四・二九〜三一)。
 これは、黙示録でいうと、第七のラッパの出来事として語られていることです。
 患難時代第三期には、「獣」(世界的独裁者)の最後の活動が行なわれます。そして天変地異、「獣」の国への災い、キリストの再臨、大バビロンの滅亡、ハルマゲドンの戦い等が次々に起きます

 黙示録でいう七つの鉢の出来事も、みな第七のラッパの中の出来事ですから、それらも第三期の出来事として起こります。
 第三期は、「神のさばきの時」(黙示一四・七)、「御怒りの日」(黙示一一・一八)と呼ばれています。人類の悪は第一期、第二期にかけて増大しますが、ついに第三期に至って神の御怒りが現わされ、キリストが再臨して、地上に裁きが下されるのです。


 黙示録によれば、この第三期は約「三年半」にわたって続きます。
 すなわち患難時代が最も激しくなる第二期と第三期の期間を合計すると、七年です



ところが定められた70週のうち1週がまだ残されております。すなわち7年間ですが、これは黙示録と照合しますと、これから来るべき7年であると解釈できます。

まりイスラエルに対する神のストップウオッチは最後の7年を残して、キリストの十字架以来一旦中断されていると考えられます。もともと神の選民はユダヤ人であったのですが、神はすべての人を救うため、イエスの十字架で救いを完成されて後、ユダヤ人に対するストップウオッチを一旦停止されて、私たち異邦人が教会へと集められて、救いを得る時間的猶予を与えてくださっているわけです。不思議なことにその間ユダヤ人はむしろイエスを拒絶しております。この期間は神の恵みによる統治下にあって「教会時代」あるいは「異邦人の時代」と呼ばれています(→参照)。

しかし条件が満たされれば、再び神のストップウオッチはカウント・ダウンを開始されます。これが最後の7年間と言われ、前半の3年半(半週)においては666(注)の番号で象徴される天才的政治家の手腕によって条約が結ばれる結果、一時的に中東問題は解決されますが、3年半後に彼はその条約を破棄し、エルサレムに攻め入り、神殿にあって自らを神と称し、自らを神として礼拝することを強要します。このため彼は「荒らす憎むべき者」と呼ばれています。彼はサタンの化身(受肉)であって、従わない者は様々の苦難に直面します。

このようにして後半の3年半は迫害や困難に満ち溢れます。これを「大艱時代」と言います。このようにして最終的にハルマゲドン(ハル・メギド=メギドの丘)において大戦争が勃発し、人類絶滅の寸前にキリストが再臨され、現在の旧創造は裁かれて、神の新創造を迎えるために、ついに終わりを告げます。そしてイエスを排除していたユダヤ人も、イエスこそ待ち望みのメシアであったことを知り、悔い改めへと至ります。こうしてエルサレムのために神の定めた70週は成就するわけです。

(注)聖書で6という数字は人が6日目に創造されたことから人を意味し、3は父、子、聖霊の三にして一なる神を意味します。したがって666とは人(6)が神になる(6が3個ある)ことを意味します。この人物は普通「反キリスト」と呼ばれており、キリストが神の受肉であるのに対して、彼はサタンの受肉です。超自然的能力を有しており、頭に致命傷を受けますが、奇跡的に生きかえり、そのために人々から「神」として崇められると黙示録にあります。なお、特に終末の預言については、エレミヤ氏の「エレミヤの部屋」をお勧めします。



イエス・キリストからの啓示


『マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋 ヨハネの黙示録』





その時、大天使長ミカエルが立ち上がる
(ダニエル書12)

p173 '44年1月23日
イエスズは言われる。「ルシフェルを征服し、わたしの王国とわたしの子供たちの王国を守る大天使は、最後の時代に天的しるしとして立ち上がる大天使となろう。それは、イスラエルがキリストのローマに再び結びつけられる時代であり、そこには神の民の二つの枝すなわち、祝福された民と、その神殺しによって呪われた民はもはやなく、あるのは、わたしのうちに生きているのだからキリストという唯一の幹であろう。
そのとき、選ばれた人々の数はすべてそろったので、肉体は復活することになるだろうし、また眠っていて集合喇叭(らっぱ)のひびきに、目を覚まされる大群衆のように、無限の墓地や、砂漠や、海底や、そのほか、人間であった者が一人でも横たわるところから死者たちは、至高の裁き主であるわたしのもとに来るために立ち上がるだろう。
おお!わたしの属性であり、知恵を知り、正義を教え、それを生きた人々を星々のように燦然と輝かせ、その日わたしのいとも幸せな人々の上によろこばしげに自らを注ぐであろう光よ!
この三年と六か月という、人間がそれまで経験したこともない恐ろしい最終期に、サタンは最後の怨恨ーーーというのも、神の民の二つの枝の分離も終わり、同時に数多くの物質的、道徳的、霊的な悪の原因がなくなろうとしているからだーーーに掻き立てられ、その息子を介してキリストの内にあり、また彼に属している諸々の心においてキリストを損ない、滅ぼし、殺すために、その巧妙なたくらみを巡らすだろう。・・・・・・中略・・・

伊達巌:この三年と六か月がハルマゲドンへ続く最終の大艱難の時期と考えられる





そのとき、それまでついぞなかったほどひどく踏みにじられる時期が到来し、教会はもはや永遠の生贄を自由に捧げることが出来なくなり、預言者たちによって言われ、謬(あやま)り得ないわたしが繰り返し言ったように、至聖所とその他の聖所には、荒廃の忌まわしさがもたらされるだろう。
ダニエルは言う、「(この蹂躙は)、千二百九十日続くだろう。待ち望んで、千三百三十五日に至る者はまことに幸いである。」(ダニエル書12・11−12)
これはすなわち、最後の審判に先立つ三年六か月中に、彼らの霊魂に天への招待として鳴り響く最後の言葉を聞きに集まる誠実な者たちの終わりに残しておかれた細(ささ)やかな期間となろう。という意味である。そのあいだに大天使長ミカエルは天使たちをひきつれてサタンとその配下の悪魔たちに打ち勝つだろう。「千三百三十五日に至る者は、まことに幸いである」。とは、最後まで耐え忍ぶ者は幸いである」なぜなら救われるであろうから、という意味だ。










宇野正美は、かつてイエス・キリストが預言したように、「荒らす憎むべきもの」とされる世界的な独裁者が世界統一政府から出現し、終末が訪れることを聖書を引用[42]して再三述べている。この独裁者は誕生の後に中東和平を実現、その三年後に第三次世界大戦が勃発し、半年間に渡り世界最終戦争が行われるとする。この「荒らす憎むべきもの」が、中東和平から世界最終戦争の集結の間まで世界を支配するのは、ヨハネの黙示録に従い42ヶ月間=三年半であるとする。

そして、そこでイエスがオリーブ山に再臨し、聖地に集められた「血統的ユダヤ人」達は悔い改め、産みの苦しみを経て新しい時代に入ると説明する[43]。このため、キリスト教徒ではないかと考えられるが、キリスト教会に代表される全ての宗教集団について、その廃頽・形骸化を嫌悪しており[44]マルティン・ルターのように、「教理を捨てて聖書に帰るべきである。」という持論を持つ。また、聖書については、人類についての歴史を述べた壮大な記録の集大成であるとし、この「聖書」と、聖書の中で述べられている「創造主」は、人間の作った宗教、宗教集団とは直接的な関係は無いものと説明する[45]



図版挿入

NO.65







白い馬

神の教義の拡大

神(ヤーヴェ)、キリストの教えが広く拡大することを意味する。

ヨハネの黙示録

意味する

第1の

封印

白い馬

神(ヤーヴェ)





















図版挿入

NO.66






赤い馬

戦争、平和を奪い取ることをゆるされた。ロシア革命 共産主義 (サタン)。

ヨハネの黙示録

意味する

第2の

封印

赤い馬

戦争

サタン

フリー メーソン























図版挿入

NO.67






黒い馬

飢饉  サタン フリーメーソン ビルダーバーグ、CFR等  

ヨハネの黙示録

意味する

第3の

封印

黒い馬

飢饉

サタン

フリー メーソン



























青白い馬




図版挿入

NO.68





 剣と飢餓と死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた 

サタン フリーメーソン





ヨハネの黙示録

意味する

第4の

封印

青白い馬





飢饉

疫病



サタン

フリー メーソン


















図版挿入

NO.69




第5の封印

ヨハネの黙示録

意味する

第5の

封印

殉教者

復讐


天における殉教者の魂、復讐。











2分割の画像 43x113(下部)




図版挿入

NO.70




第6の封印


神の怒りの日、地震は教会の変化である。サタンに最後の審判がくだされる。

ヨハネの黙示録

意味する

第6の

封印

地震

教会の変化

最後の審判

サタン










図版挿入

NO.71






図版挿入

NO.72



七つの封印、七つのラッパ、七つの怒りの鉢の相互関連(伊達巌)

第一の封印 白い馬(神の勝利)

第一のラッパ 血の混じった雹と火、地と木の三分の一を焼く。地上の災い。

第一の怒りの鉢 獣の刻印のある人の悪性のできもの。(癌、腫瘍)

第二の封印 赤い馬(内乱、戦争の多発)

第二のラッパ 燃える大山が海へ、海の三分一は血に。海の災い。

第二の怒りの鉢 海は血に染まり、海の生物全滅。(海の汚染)

第三の封印 黒い馬(飢餓)

第三のラッパ 大きな星(苦よもぎ)が空から落ちる。川の災い。

第三の怒りの鉢 川の水、水源はすべて血に変化する。 

第四の封印 青白い馬(人類の四分の一を殺す死)

第四のラッパ 太陽、月、星の三分の一打たれる。

第四の怒りの鉢 太陽の火が人々を焼く。太陽の炎熱(紫外線の悪影響)

第五の封印 迫害、殉教者の叫び 暗黒

第五のラッパ 底知れぬ穴からいなごが這出る、サタンの広がり。額に印のない人の災い。   第一の災い

第五の怒りの鉢 暗黒が世界を覆い、苦痛のため神を呪う。

第六の封印 子羊の怒り(大地震、天変地異)ハルマゲドン サタンの滅び

第六のラッパ 2億の騎兵が人間の三分の一を滅ぼす。エルサレムの蹂躙。
            第二の災い  

第六の怒りの鉢 世界の王たちがハルマゲドンに召集、神(善)とサタン(悪)の戦い 

第七の封印      七つのラッパの開始

第七のラッパの裁き  七つの鉢の開始
                  第三の災い 
第七の怒りの鉢    神の激しい怒りで、島々、山々は消える。














目次

ヨハネの黙示録 第8章



1) 小羊が第七の封印を解いた時、半時間ばかり天に静けさがあった。
2) それからわたしは、神のみまえに立っている七人の御使を見た。そして、七つのラッパが彼らに与えられた。
3) また、別の御使が出てきて、金の香炉を手に持って祭壇の前に立った。たくさんの香が彼に与えられていたが、これは、すべての聖徒の祈に加えて、御座の前の金の祭壇の上にささげるためのものであった。
4) 香の煙は、御使の手から、聖徒たちの祈と共に神のみまえに立ちのぼった。
5) 御使はその香炉をとり、これに祭壇の火を満たして、地に投げつけた。すると、多くの雷鳴と、もろもろの声と、いなずまと、地震とが起った。
6) そこで、七つのラッパを持っている七人の御使が、それを吹く用意をした。
7) 第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。
8) 第二の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして、海の三分の一は血となり、
9) 海の中の造られた生き物の三分の一は死に、舟の三分の一がこわされてしまった。
10) 第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。
11) この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ。
12) 第四の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれて、これらのものの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は明るくなくなり、夜も同じようになった。
13) また、わたしが見ていると、一羽のわしが中空を飛び、大きな声でこう言うのを聞いた、「ああ、わざわいだ、わざわいだ、地に住む人々は、わざわいだ。なお三人の御使がラッパを吹き鳴らそうとしている」。





http://www18.ocn.ne.jp/~jed/wBible_J1/2_nt/66_Rev/index.html

ヨハネの黙示録 第9章



1) 第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた。
2) そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。
3) その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。
4) 彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。
5) 彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。
6) その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。
7) これらのいなごは、出陣の用意のととのえられた馬によく似ており、その頭には金の冠のようなものをつけ、その顔は人間の顔のようであり、
8) また、そのかみの毛は女のかみのようであり、その歯はししの歯のようであった。
9) また、鉄の胸当のような胸当をつけており、その羽の音は、馬に引かれて戦場に急ぐ多くの戦車の響きのようであった。
10) その上、さそりのような尾と針とを持っている。その尾には、五か月のあいだ人間をそこなう力がある。
11) 彼らは、底知れぬ所の使を王にいただいており、その名をヘブル語でアバドンと言い、ギリシヤ語ではアポルオンと言う。
12) 第一のわざわいは、過ぎ去った。見よ、この後、なお二つのわざわいが来る。
13) 第六の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、一つの声が、神のみまえにある金の祭壇の四つの角から出て、
14) ラッパを持っている第六の御使にこう呼びかけるのを、わたしは聞いた。「大ユウフラテ川のほとりにつながれている四人の御使を、解いてやれ」。
15) すると、その時、その日、その月、その年に備えておかれた四人の御使が、人間の三分の一を殺すために、解き放たれた。
16) 騎兵隊の数は二億であった。わたしはその数を聞いた。
17) そして、まぼろしの中で、それらの馬とそれに乗っている者たちとを見ると、乗っている者たちは、火の色と青玉色と硫黄の色の胸当をつけていた。そして、それらの馬の頭はししの頭のようであって、その口から火と煙と硫黄とが、出ていた。
18) この三つの災害、すなわち、彼らの口から出て来る火と煙と硫黄とによって、人間の三分の一は殺されてしまった。
19) 馬の力はその口と尾とにある。その尾はへびに似ていて、それに頭があり、その頭で人に害を加えるのである。
20) これらの災害で殺されずに残った人々は、自分の手で造ったものについて、悔い改めようとせず、また悪霊のたぐいや、金・銀・銅・石・木で造られ、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を礼拝して、やめようともしなかった。
21) また、彼らは、その犯した殺人や、まじないや、不品行や、盗みを悔い改めようとしなかった。



ヨハネの黙示録 第10章



1) わたしは、もうひとりの強い御使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、にじをいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった。
2) 彼は、開かれた小さな巻物を手に持っていた。そして、右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして、
3) ししがほえるように大声で叫んだ。彼が叫ぶと、七つの雷がおのおのその声を発した。
4) 七つの雷が声を発した時、わたしはそれを書きとめようとした。すると、天から声があって、「七つの雷の語ったことを封印せよ。それを書きとめるな」と言うのを聞いた。
5) それから、海と地の上に立っているのをわたしが見たあの御使は、天にむけて右手を上げ、
6) 天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを造り、世々限りなく生きておられるかたをさして誓った、「もう時がない。」

7) 第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」。
8) すると、前に天から聞えてきた声が、またわたしに語って言った、「さあ行って、海と地との上に立っている御使の手に開かれている巻物を、受け取りなさい」。
9) そこで、わたしはその御使のもとに行って、「その小さな巻物を下さい」と言った。すると、彼は言った、「取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い」。
10) わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。
11) その時、「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない」と言う声がした。




第10章

6) 天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを造り、世々限りなく生きておられるかたをさして誓った、

「もう時がない。」

7) 第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」。



伊達巌:「もう時がない。」とは新約聖書に出てくる場合は常に「終わった」ことを意味する。イスラエルに関して定められた「時」はすでに終わった。
ダニエルの七十週のうちの最後の1週の七年間の艱難時代、前半と後半の三年半ずつに分けることができるが、その中ごろのことを記していると考えられる。
第10章〜第13章




66 ヨハネの黙示録 第11章

1) それから、わたしはつえのような測りざおを与えられて、こう命じられた、「さあ立って、神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。
2) 聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。
3) そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう」。
4) 彼らは、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木、また、二つの燭台である。
5) もし彼らに害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。もし彼らに害を加えようとする者があれば、その者はこのように殺されねばならない。
6) 預言をしている期間、彼らは、天を閉じて雨を降らせないようにする力を持っている。さらにまた、水を血に変え、何度でも思うままに、あらゆる災害で地を打つ力を持っている。
7) そして、彼らがそのあかしを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼らと戦って打ち勝ち、彼らを殺す。
8) 彼らの死体はソドムや、エジプトにたとえられている大いなる都の大通りにさらされる。彼らの主も、この都で十字架につけられたのである。
9) いろいろな民族、部族、国語、国民に属する人々が、三日半の間、彼らの死体をながめるが、その死体を墓に納めることは許さない。
10) 地に住む人々は、彼らのことで喜び楽しみ、互に贈り物をしあう。このふたりの預言者は、地に住む者たちを悩ましたからである。
11) 三日半の後、いのちの息が、神から出て彼らの中にはいり、そして、彼らが立ち上がったので、それを見た人々は非常な恐怖に襲われた。
12) その時、天から大きな声がして、「ここに上ってきなさい」と言うのを、彼らは聞いた。そして、彼らは雲に乗って天に上った。彼らの敵はそれを見た。
13) この時、大地震が起って、都の十分の一は倒れ、その地震で七千人が死に、生き残った人々は驚き恐れて、天の神に栄光を帰した。
14) 第二のわざわいは、過ぎ去った。見よ、第三のわざわいがすぐに来る。
15) 第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。
16) そして、神のみまえで座についている二十四人の長老は、ひれ伏し、神を拝して言った、
17) 「今いまし、昔いませる、全能者にして主なる神よ。大いなる御力をふるって支配なさったことを、感謝します。
18) 諸国民は怒り狂いましたが、あなたも怒りをあらわされました。そして、死人をさばき、あなたの僕なる預言者、聖徒、小さき者も、大いなる者も、すべて御名をおそれる者たちに報いを与え、また、地を滅ぼす者どもを滅ぼして下さる時がきました」。
19) そして、天にある神の聖所が開けて、聖所の中に契約の箱が見えた。また、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴と、地震とが起り、大粒の雹が降った。




伊達巌:第六のラッパの幻は人類の三分の一の人々の死滅(ハルマゲドンではなく第3次世界大戦の勃発)と、
異邦人によるエルサレム蹂躪(じゅうりん)に関する幻です。


第11章
2) 聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。・・・・・→第二のわざわい


14) 第二のわざわいは、過ぎ去った。見よ、第三のわざわいがすぐに来る。
15) 第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。







第7の封印



7つのラッパ





小羊が第七の封印を解いた時、半時間ばかり天に静けさがあった。
それからわたしは、神のみまえに立っている七人の御使を見た。そして、七つのラッパが彼らに与えられた。

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ラッパというと金属製のトロンボーンのようなものを思い浮かべるかもしれないが、黙示録のラッパとはそういう甘っちょろいものではない。これは本来上の写真のような羊の角から出来た角笛を意味する。ユダヤの例祭では角笛が常に神の臨在をおごそかに悟らせる為に吹き鳴らされた。だからこれは単に何かが起こるという合図以上に、これらのアクションが一つ一つ神のご意志のもとに統御されているという事を強調しているものだと考えられるべきである。













図版挿入

NO.73



第1から第4のラッパ



出エジプト記にみられる、自然災害のような天の裁きが下る


しかしこれは、あくまでも天災ではない!神の怒りである


ヨハネの黙示録

聖言(神の言葉)

意味する

第1の

第2の

第3の

第4の

天使

ラッパを鳴らす

真実





誤謬

破壊する

教会

自然

災害
















地獄





パブリック ドメイン

”2ペテロ2:4 神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。”

”ルカの福音書 8:31 悪霊どもはイエスに、底知れぬ所に行け、とはお命じになりませんようにと願った。”

悪霊は底知れぬ所に閉じ込められており、そして終末の裁きの日に偽りに組みする神の民に向かって解き放たれるのです。


図版挿入

NO.75





第5のラッパ

第1の災い

サタンが広く解き放たれる


ヨハネの黙示録

聖言(神の言葉)

意味する

第5の

天使

ラッパを鳴らす

真実





誤謬

破壊する

教会

地獄

いなご

フリー

メーソン

サタン

悪魔

























空中経携挙:第2のわざわいの過ぎ去る前に起こる。

(黙示録11・12)そのとき、天から大きな声がして、「ここに上がってきなさい。」言うのを、彼らは聞いた。そして、彼らは雲に乗って天に上った。彼らの敵はそれを見た。



続く:空中軽挙へ

http://biblecode.web.fc2.com/rapture.htm











第6のラッパ


第2の災い



◎ユーフラティス川の近くで第3次世界大戦


◎善(神)と悪(サタン)の戦いである!◎

◎ハルマゲドンに悪が集められて滅ぼされる!








ユーフラテス川Euphrates






図版挿入

NO.76


ヨハネの黙示録

聖言(神の言葉)

意味する

第6の天使

ラッパを吹く

真実



誤謬

破壊する

教会



2億

騎兵隊

サタン

フリー

メーソン

ユーフラティス川

第3次

世界

大戦
















第7のラッパ


第3の災い



◎7つの鉢の災害











イエス・キリストからの啓示


『マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋 ヨハネの黙示録』





最後の七つの災い
 15章 16章

(1943年8月22日現在)P91「最後の七つの傷は、記述されていない喇叭の七つの響きに対応している。いつものように、それは比喩的な記述なのだが、現実が完全に排除されているわけではない。貴女に説明するのが時宜にかなっていると思うことを説明しよう。                    最初の傷は潰瘍である。モーセの時代からわたしは、わたしに対して赦しがたい罪を犯した人々をひどい病気によって罰した。モーセの姉マリアは、わたしのしもべモーセについて悪口を言ったので、その身体は癩病に覆われた。彼らの神について悪口を言う人々が、同じような、いやそれどころかもっと重い病気にかからぬはずがあろうか?癩であれ潰瘍であれ。神に対する、また、神の感嘆すべき作品であるあなたたちに対するあなたたちの罪がますます広がったために、ますます伝播する。・・・・・中略・・・・・あなたたちの悪徳のしるしである多くの厭わしい病気、あなたたちが流すことを欲した、わたしの血を含むすべての血の証言となる水の中の血、呪われた人々を待ち受ける永遠の紅蓮の焔を前もって味あわせる太陽からの火、光を憎む者を闇は待ち受けるとあなたたちに警告する暗闇、これらすべては、あなたたちを深い反省と悔悛へと導くためにある。しかし何の役にも立たないだろう。あなたたちは墜落しつづけるだろう。あなたたちは「東方の王たち」、すなわち悪の息子の助手たちに道をつくりながら、悪との契約を遂行しつづけるだろう。 

伊達:7つの災い

(1)最初の傷は潰瘍である。そして(2)海と(3)川と水源が血になる(4)人々を焼く太陽(5)獣の国の暗闇と苦痛(6)大ユウフラテ川の水は、日の出る方から来る王たちに対し道を備えるために、かれてしまう。龍の口から、獣の口から、にせ預言者の口から、かえるのような三つの汚れた霊が出てきた。三つの霊は、ヘブル語でハルマゲドンという所に、王たちを召集した。
(7)鉢を空中に傾けた。すると、大きな声が聖所の中から、御座から出て、「事はすでに成った」と言った。 大いなる都は三つに裂かれ、諸国民の町々は倒れた。神は大いなるバビロンを思い起し、これに神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。



(1)最初の傷は潰瘍である。モーセの時代からわたし(神)は、わたしに対して赦しがたい罪を犯した人々をひどい病気によって罰した。
(2)(3)わたし(神)の血を含むすべての血の証言となる水の中の血 (4)呪われた人々を待ち受ける永遠の紅蓮の焔を前もって味あわせる太陽からの火(5)光を憎む者を闇は待ち受けるとあなたたちに警告する暗闇(6)あなたたちは「東方の王たち」、すなわち悪の息子の助手たちに道をつくりながら、悪との契約を遂行しつづけるだろう。 


  

     

P94マリアよ。これからわたしは貴女の手を取り、ヨハネの書のいちばんわかりにくい箇所に案内する。注釈者は、この書物のなかの「大バビロン」が誰かを、自分自身に、また誰であれ群衆に説明するため、多岐にわたる推論によってその能力を使い果たした。無関係でなかった人間的見方で熱望された出来事、あるいは降り掛かった出来事によって刻印された衝撃は、多くの物事にバビロンという名前をつけた。だが彼らはどうして「大バビロン」が地球全体であるとは決して考えなかったのだろうか?


伊達:大バビロンとは単なる都市(例えばよく言われるようローマ、ニューヨーク等)ではなく地球全体だと言っている
そして、神=創造主として人間の住む世界として地球だけを創ったのではなく、無から無数の世界を創造し、光り輝く粉塵のように、無限の天空に投じたと言っている。澄んだ夜々に、目を楽しませる幾百万の世界に無数の生命が充満しそして、地球はいちばん腐敗している粉塵だと言っている。



 もしわたしが、人間の住む世界としての地球しか創らなかったとすれば、わたしはまことに小さな限られた創り主なる神であろう!わたしはわたしの意志の一鼓動をもって無から無数の世界を起こし、それらを光輝く粉塵のように、無限の天空のなかに投じたのだ。あなたたちがそこでかくも倣慢で、かくも残忍に振る舞っている地球は、無限の空間のなかで回転している無数の粉塵の一粒にすぎないし、いちばん大粒の粉塵ではない。しかしいうまでもなくいちばん腐敗している粉塵なのだ。澄んだ夜々に、あなたたちの目を楽しませる幾百万の世界に無数の生命が充満し、神の完全さがあなたたちに現われるであろう時、あなたたちはふたたび神と合体した霊魂の知的視覚をもって、この諸世界の驚異を見ることができるだろう。地球は、地上と地獄のすべての権力者と姦淫の罪を犯した大淫婦、また地球の住人たちは自分自身、すなわち肉体と霊魂を、地上のたった一日の勝利のために売ったのではないか? そうだ、そういう事なのだ。地球とその住人たちが勝ち誇るために同盟を結んだ獣とまったく同じように、地球の犯罪は冒涜の全名称を持っている。

七つの罪は、地球と地球人たちを悪の牧草地に移動させる獣の頭上の戦慄すべき飾り物のようであり、隠喩的な数字の十本の角は、どんな代価を支払ってでも、その残忍な貪欲さが欲するすべてをせしめようとして成し遂げた無限の極悪非道を証明している。

伊達:七つの罪は獣の飾り物のようであり、
残忍な貪欲さが欲するすべてをせしめようとして成し遂げた無限の極悪非道・拝金主義のフリーメーソンそのものである。



再臨は有る




再臨へ続く:

http://page.freett.com/pentagon911/jesus_coming.htm





P97 そして正義があるだろう。わたしは来臨するだろう。わたしは誠実であり真実だから来るだろう。忠実な人々に平和を、生きてきた人々には聖なる審判を与えるためにわたしは来臨するだろう。わたしはわたしだけがその意味を知り、その文字にはわたしがその部分であり、一切である神の主要な属性をもつわたしの名で来臨するだろう。

P97 飢餓と疫病による大量死は、わたしの再臨の前兆である。あなたたちを罰し、あなたたちを神のもとに呼び戻すために創られた懲らしめは、その苦痛を与える力をもって神の子らとサタンの子らとの選別の一つを行うであろう。 飢えは略奪によって、国家独立の正当化のためでなく、もっぱら、人間の皮をかぶった悪魔たちの権力と倣慢の凶暴性による呪われた戦争によってもたらされ、神の意志による宇宙の法則の一時的停止によりもたらされる。そのために寒さはきびしく長くつづき、そのために焼けつくような炎熱は雨で軽減されず、そのために季節は逆転して、雨の季節に日照りがつづき、穀物の取り入れどきに長雨が降り、そのためににわかの暖かさや異常寒波の来襲にだまされて、木々は季節はずれの花を咲かせ、すでに実を実らせたばかりなのに、またあらたに無駄な花を咲かせ、今度は実を実らせることも出来ずに萎れてしまうーあらゆる無秩序は害があり、死に導くからだ。人間たちよ、このことを銘記しておくがよいーこうしてもたらされる飢えは、この倣慢で神に敵対する人間という種族を容赦なく責めさいなむだろう。


P179 わたしを突き刺した人々はわたしを仰ぎ見る。
’43年8月17日
イエスズは言われる。
「わたしは最愛の弟子の口を通して「わたしを突き通した人々」もわたしを仰ぎ見る(黙示録1・7)と言わせるとき、わたしは今から二十世紀前にわたしを突き刺した人々を、それとなく暗示させるつもりはない。
わたしが再臨する時には、わたしの王国の勝利の時が到来しているだろう。わたしは貴女にわたしの王国がどんなものであり、その臣下たちがどのようなものかを説明した。あなたたちの内奥に封じ込められている、またあなたたちに神の似姿を与える神的部分である霊魂の証しの時である。このようなものとして、祝福された人々と呪われた人々を分ける審判の決定的な要素となるだろう。そして呪われた人々の側には、彼らの冒涜の霊魂をもって獣を追い求め、獣を礼拝し、獣と淫行して、何世紀もの間呪われた一連の始祖たちにおいて、人の子の肉体を刺し貫いたあとで神の子の神聖な霊魂を刺し貫いた人々がいるだろう。
人の子。貴女は、この言葉にはわたしが昨日貴女に説明した真理があることに深く思いを致したことがあるか?わたしは、わたしの人間としての血筋によって、アダムの子(長子)である。わたしを突き刺した人々の隊列は浜の真砂のようにおびただしい。数えても数えきれない。
もはや人間としての苦しみに触れることはできないが、わたしの霊に対する侮辱にはまだ敏感なわたしに対して犯されるすべての犯罪すべての罪は、人間の仕業を想起させる諸々の書物のなかに書きとめられている。
わたしが与えた恩恵の後の、すべての裏切り、すべての棄教、わたしがもたらした真理に対するすべての否認と罪、わたしの口を通じて語り、わたしの功績により、み言葉の言葉を照らし来た聖霊に対するすべての罪、善に対して御し難いと知りながらもわたしが救おうとした人種によって何世紀にもわたって加えられたこれらすべての刺し傷は、わたしが放つ煌々たる光のなかに集められた霊魂たちの内部に現前するだろうし、また愛の掟により、嘘をつくことも、無益なわざを行うことも出来ないかたから、語られ、行われたことに逆らう彼らの頑なな意思をもってなされたことを認めるだろう。
愛を否定する人々はわたしを突き刺した人々であり、わたしと共に、わたしを生んだかたと、父と子のわたしたちの愛から発出するかたをも打ったのだ。裁きはすべて子に託されたが、子は、父と霊に対して犯された過ちをも裁くだろう。
生命をもたらす者、永遠の人間そして永遠に屠られた者は世が死者にしようとして、有害な犯罪者を処刑するように殺したーーーわたしは、赦しを与えた聖なる者であり、良いことを為した善なる者であり、癒しをもたらした力ある者であり、教えを授けた知恵であるのにーーーまことの死への扉を開き、そのなかに、自分を突き刺した人々の肉体と霊魂を押しこむだろう。天に生きている生命をもたらす者は、生命よりも死を選んだ呪われた者たち、手を触れてもならない者たちの集団に地獄の扉を閉ざすだろう。わたしはそうする。なぜならわたし、イエスズ・キリスト、神の子、あなたたちの主にして救い主、永遠の裁き主は、死と地獄の鍵を手中にしているからだ」。




最後の審判

死者が裁かれる時(黙示録11・17−18)
’43年8月5日
イエスズは言われる。
諸国のこの怒りはかく起こるべきであって、わたしの怒りの前触れである。わたしの子供たちにとってそれは辛い受苦の時だが避けがたいことなのだ。なぜなら、わたしの時が到来する前に、地球上で善と悪について、すべては成就していなければならないからだ。その時わたしは「そこまでだ」言うだろう。そしてわたしは裁き主かつ王としてまた、人間の罪と功績とを裁くために地上の王としての責任も引き受ける。
あなたたちは、ヨハネの書物のなかに、「死者を裁く時」という言葉を読むとき、死者とは、すでに、もしかしたら、何世紀にもわたって、そこに足を踏み入れる時のみ誰かは気づくであろう神秘の別の領域で時を過ごした人々のことを指していると考えなさい。そうだ。死とは、魂が地上とは異なる別の地帯に移住することを意味している。だがヨハネの言葉にはもっと深い意味がある。彼の語る死者たちは、肉によれば生者たちでありえても、見る目を持つ者には実は死者たちなのだ。
彼らにはいかなる復活もありえないだろうから、この人々はまったくの死者たちなのだ。神に対して死んでいる彼らは、神は永遠の生命であるから、生命すなわち神を所有する幸福に未来永劫あずかることが出来ないだろう。














ヨハネの黙示録 第15章

http://www18.ocn.ne.jp/~jed/wBible_J1/2_nt/66_Rev/index.html


1) またわたしは、天に大いなる驚くべきほかのしるしを見た。七人の御使が、最後の七つの災害を携えていた。これらの災害で神の激しい怒りがその頂点に達するのである。
2) またわたしは、火のまじったガラスの海のようなものを見た。そして、このガラスの海のそばに、獣とその像とその名の数字とにうち勝った人々が、神の立琴を手にして立っているのを見た。
3) 彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とを歌って言った、「全能者にして主なる神よ。あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります。万民の王よ、あなたの道は正しく、かつ真実であります。
4) 主よ、あなたをおそれず、御名をほめたたえない者が、ありましょうか。あなただけが聖なるかたであり、あらゆる国民はきて、あなたを伏し拝むでしょう。あなたの正しいさばきが、あらわれるに至ったからであります」。
5) その後、わたしが見ていると、天にある、あかしの幕屋の聖所が開かれ、
6) その聖所から、七つの災害を携えている七人の御使が、汚れのない、光り輝く亜麻布を身にまとい、金の帯を胸にしめて、出てきた。
7) そして、四つの生き物の一つが、世々限りなく生きておられる神の激しい怒りの満ちた七つの金の鉢を、七人の御使に渡した。
8) すると、聖所は神の栄光とその力とから立ちのぼる煙で満たされ、七人の御使の七つの災害が終ってしまうまでは、だれも聖所にはいることができなかった。


ヨハネの黙示録 第16章

http://www18.ocn.ne.jp/~jed/wBible_J1/2_nt/66_Rev/index.html


1) それから、大きな声が聖所から出て、七人の御使にむかい、「さあ行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に傾けよ」と言うのを聞いた。
2) そして、第一の御使が出て行って、その鉢を地に傾けた。すると、獣の刻印を持つ人々と、その像を拝む人々とのからだに、ひどい悪性のでき物ができた。
3) 第二の御使が、その鉢を海に傾けた。すると、海は死人の血のようになって、その中の生き物がみな死んでしまった。
4) 第三の御使がその鉢を川と水の源とに傾けた。すると、みな血になった。
5) それから、水をつかさどる御使がこう言うのを、聞いた、「今いまし、昔いませる聖なる者よ。このようにお定めになったあなたは、正しいかたであります。
6) 聖徒と預言者との血を流した者たちに、血をお飲ませになりましたが、それは当然のことであります」。
7) わたしはまた祭壇がこう言うのを聞いた、「全能者にして主なる神よ。しかり、あなたのさばきは真実で、かつ正しいさばきであります」。
8) 第四の御使が、その鉢を太陽に傾けた。すると、太陽は火で人々を焼くことを許された。
9) 人々は、激しい炎熱で焼かれたが、これらの災害を支配する神の御名を汚し、悔い改めて神に栄光を帰することをしなかった。
10) 第五の御使が、その鉢を獣の座に傾けた。すると、獣の国は暗くなり、人々は苦痛のあまり舌をかみ
11) その苦痛とでき物とのゆえに、天の神をのろった。そして、自分の行いを悔い改めなかった。
12) 第六の御使が、その鉢を大ユウフラテ川に傾けた。すると、その水は、日の出る方から来る王たちに対し道を備えるために、かれてしまった。
13) また見ると、龍の口から、獣の口から、にせ預言者の口から、かえるのような三つの汚れた霊が出てきた。
14) これらは、しるしを行う悪霊の霊であって、全世界の王たちのところに行き、彼らを召集したが、それは、全能なる神の大いなる日に、戦いをするためであった。
15) (見よ、わたしは盗人のように来る。裸のままで歩かないように、また、裸の恥を見られないように、目をさまし着物を身に着けている者は、さいわいである。)
16) 三つの霊は、ヘブル語でハルマゲドンという所に、王たちを召集した。
17) 第七の御使が、その鉢を空中に傾けた。すると、大きな声が聖所の中から、御座から出て、「事はすでに成った」と言った。
18) すると、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴とが起り、また激しい地震があった。それは人間が地上にあらわれて以来、かつてなかったようなもので、それほどに激しい地震であった。
19) 大いなる都は三つに裂かれ、諸国民の町々は倒れた。神は大いなるバビロンを思い起し、これに神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。
20) 島々はみな逃げ去り、山々は見えなくなった。
21) また一タラントの重さほどの大きな雹が、天から人々の上に降ってきた。人々は、この雹の災害のゆえに神をのろった。その災害が、非常に大きかったからである。


鉢:
聖書の中に出てくる容器には色々有るが、中身は、ぶどう酒であったり、水であったり、香油であったりする。そのうち、「鉢」は主に食物を入れたり、手を浸して洗う容器に使われることが多い。それは瓶や壷のようなものではないので、貯蔵の用途には仕えない。ちなみに、香油の保存容器は石膏の壷だったようだ。

図版挿入

NO.77



ヨハネの黙示録

最初の

天使





潰瘍

第1の鉢のさばきは、その昔にエジプトの第6のわざわいににている。
「それがエジプト全土にわたって、細かいほこりとなると、エジプト全土の人と獣につき、うみの出る腫物となる。」
出エジプト記 9・9












図版挿入

NO.78









ヨハネの黙示録

第2の

第3の



天使





水源

















図版挿入

NO.79







ヨハネの黙示録

第4の

天使



太陽

焼き尽くす

人々




















図版挿入

NO.80








ヨハネの黙示録

第5の

天使





暗闇

人々



咬む

潰瘍


この地に住むすべての者は、わななけ。主の日が来るからだ。その日は近い。やみと、暗黒の日。雲と、暗やみの日。
(ヨエル 2・1,2)

















図版挿入

NO.81









ヨハネの黙示録

第6の

天使



ユーフラティス川

東の

王国

干し上がる

第3次

世界

大戦

フリー

メーソン


ハルマゲドンの戦いにおいて、王たちの軍勢は集合しますが、戦いは実際には起こらない。
主イエスがご自身で現われ、口の剣をもってすべての軍勢を滅ぼし尽くすのだ。この方の口からは諸国の民を打つために、
鋭い剣が出ていた。(黙示 19・15)














wikipedia

キリスト教における位置づけ [編集]

ヨハネの黙示録によると、の最終決戦がハルマゲドンで行われた後、神(とイエス)が降臨し、キリスト教の教えに忠実に生きてきた善人のみを救い出し、1000年続く王国(ミレニアムキングダム、千年王国)をつくりだす(いわゆる最後の審判)としている。すなわち、ハルマゲドンの後には千年王国が誕生するわけであり、一般的な日本での捉え方(人類滅亡)とは異なっており、比較的肯定的な捉え方をしている。キリスト教の教理では、最後の審判の後に、キリスト者にとって天国に行く喜びのときだが、不信者は地獄に落ちるとされる[1]。なお、仏教における終末論(末法思想)と似ているので何らかの関連性も指摘されている。












ハルマゲドン





偽の

予言者



サタン

















図版挿入

NO.82





ハルマゲドン





偽の

予言者



サタン




戦い
























Babylon (Greek Βαβυλ?ν, from Akkadian: Babili, Babilla) was a city-state of ancient Mesopotamia, the remains of which are found in present-day Al Hillah, Babil Province, Iraq, about 85 kilometers (55 mi) south of Baghdad. All that remains of the original ancient famed city of Babylon today is a mound, or tell, of broken mud-brick buildings and debris in the fertile Mesopotamian plain between the Tigris and Euphrates rivers.








図版挿入

NO.83









ヨハネの黙示録

天使

第7の



成就した

地震

倒れる

バビロン

東京









バビロンとは地球全体、もちろん「東京」も含まれていた;




図版挿入

NO.84

イエス キリスト

ヨハネ

黙示録

預言する

サタン

滅びる

















図版挿入

NO.85













図版挿入

NO.86
















図版挿入

NO.87







イルミナティ

フリー

メーソン

サタン





CREDIT:Andy McCracken






図版挿入

NO.88



CREDIT:Andy McCracken





悪魔は霊である

サタンのかしらの








CREDIT:Andy McCracken





図版挿入

NO.89







神はサタンを創造した そしてこのようなおきてに

世界は苦悩の中にある










CREDIT:Andy McCracken

図版挿入

NO.90









ヨハネ

黙示録


イエス キリスト

サタン

滅びる


千年王国
















ハルマゲドンの記述(旧約聖書)

エゼキエルは、ペルシャ、エチオピア、プテ(リビア)、ゴメル、そしてトガルマがゴクと同盟を組むと言っており(エゼキエル書38章2〜6節)、エレミヤも中東にあった古代の国々の名称を幾つかあげていて、それがイスラエルの敵対する国々であるとしています(エレミヤ書25章12〜25節)。こうした具体的な名称があがっていますが、それは必ずしもある特定の国々を指しているわけではありません。むしろこの場合は古代の国々を指しているのであって、ここにあげられている地名をもとにハルマゲドンで戦う国々の名称をすべてあげるのは無理です。数々の予言を見ても、イスラエルに味方する国と敵対する国が現在どのような名称で呼ばれているかということについては触れられてはおらずようするに、神に選ばれた民の残りの者の妥当をはかり、
それを滅ぼそうとする国々の連合体には、ゴクとマゴクという名称が与えられるということです。
予言者たちは、あらゆる国が何らかの形でこの同盟にかかわることになるという点では一致していました(エレミヤ書25章26節、ヨエル書3章1節、ゼカリヤ書14章2節、黙示録16章14節)。他に、エゼキエル書38章8節、ヨエル書2章1節、3章1〜2節、ゼカリヤ書14章2節などの聖句によると、
この悪の大同盟が戦争を仕掛ける相手はイスラエルです。

エゼキエルは「彼らはみな武具をつけ、大楯、小楯を持ち、すべてつるぎをとる者で大軍である。(38章4節)」と書いています。また「暴風のように」攻め寄せ「雲のように地をおおう(同9節)」とあり、さらに「多くの民」がゴグと共におり、「皆、軍事力の象徴である「馬」に乗り、その軍隊は大きく、その兵士は強い(同15節)」とあって、
旧約の予言者ダニエルは「北の王」が「大いなる軍勢」を持って攻め込みますが、「これに立ち向かう力」がないと書いています(ダニエル書11章13,15節)。また、「北の王は、戦車と騎兵と、多くの船を持って、つむじ風のように彼を攻め、国々にはいっていって、みなぎりあふれ、通り過ぎるでしょう(同書11章40節)」とも書かれていて、特にダニエル書11、12章は、これは終わりの日について書いたものであると言われています。

 ヨエルも旧約の予言者ですが、この軍隊はその時点で世界の歴史上最大の軍隊になるであろうと述べています(ヨエル書2章2節)。また、「火」のように地を焼き、攻め寄せる以前はエデンの園のようであったものを「荒れ果てた野(同書2章3節、4〜5節)に変えてしまうと書いています。ヨエルはまた、この軍が極めて高度の軍事訓練を施されており、無敵であるとして次のように書いています。「彼らは武器の中にとびこんでも、身をそこなわない。(同書2章7〜9節)」


ある注釈者はヨハネとヨエルが使った比喩について次のように解説しています。「古代の予言者たちが見たものは、強力な武具によって身を守られた兵士たちや、戦闘部隊、戦車隊、火炎放射部隊、戦闘機やミサイル、砲弾、その他の邪悪な人々が好んで戦闘を行なった時代に開発された数々の武器であると考えてもおかしくはない。」

http://elbaal.hp.infoseek.co.jp/armagedon.htm
http://elbaal.hp.infoseek.co.jp/armagedon.htm




ヨエルも旧約の予言者ですが、この軍隊はその時点で世界の歴史上最大の軍隊になるであろうと述べています(ヨエル書2章2節)。また、「火」のように地を焼き、攻め寄せる以前はエデンの園のようであったものを「荒れ果てた野(同書2章3節、4〜5節)に変えてしまうと書いています。ヨエルはまた、この軍が極めて高度の軍事訓練を施されており、無敵であるとして次のように書いています。「彼らは武器の中にとびこんでも、身をそこなわない。(同書2章7〜9節)」


ヨエル書

第2章1〜11節

1節 あなたがたはシオンでラッパを吹け。わが聖なる山で警報を吹きならせ。国の民はみな、ふるいにわななけ。主の日が来るからである。それは近い。
2節 これは暗く、薄暗い日、雲の群がるまっくらな日である。多くの強い民が暗闇のようにもろもろの山をおおう。このようなことは昔からあったことはなく、後の世々の年にも再び起こることがないであろう。
3節 火は彼らの前を焼き、炎は彼らの後ろに燃える。彼らのこない前には、地はエデンの園のようであるが、その去った後は荒れ果てた野のようになる。これをこがれうるものはない。
4節 そのかたちは馬のかたちのようであり、その走ることは軍馬のようである。
5節 山の頂でとびおどる音は、戦車のとどろくようである。また刈り株を焼く火の炎の音のようであり、戦いをした強い軍隊のようである。
6節 その前にもろもろの民はなやみ、ずての顔は色をうしなう。
7節 彼らは勇士のように走り、兵士のように城壁によじ登る。彼らはおのおの自分の道を進んで行って、その道を踏みはずさない。
8節 彼らは互いにおしあわず、おのおのその道を進み行く。彼らは武器の中にとびこんでも、身をそこなわない。
9節 彼らは町にとび入り、城壁の上を走り、家々によじ登り、盗人のように窓から入る。
10節 地は彼らの前におののき、天はふるい、日も月も暗くなり、星はその光を失う。
11節 主はその軍勢の前で声をあげられる。その軍隊は非常に多いからである。そのみ言葉をなし遂げる者強い。主の日は大いにして、はなはだ恐しいゆえ、だれがこれに耐えることができよう。




エゼキエル書

http://bbbible.com/bbb/bbbeze382.html.htm

口語訳1955

38:1 主の言葉がわたしに臨んだ、

38:2 「人の子よ、メセクとトバルの大君であるマゴグの地のゴグに、あなたの顔を向け、これに対して預言して、

38:3 言え。主なる神はこう言われる、メセクとトバルの大君であるゴグよ、見よ、わたしはあなたの敵となる。

38:4 わたしはあなたを引きもどし、あなたのあごにかぎをかけて、あなたと、あなたのすべての軍勢と、馬と、騎兵とを引き出す。彼らはみな武具をつけ、大盾、小盾を持ち、すべてつるぎをとる者で大軍である。

38:5 ペルシャ、エチオピヤ、プテは彼らと共におり、みな盾とかぶとを持つ。

38:6 ゴメルとそのすべての軍隊、北の果のベテ・トガルマと、そのすべての軍隊など、多くの民もあなたと共におる。

38:7 あなたは備えをなせ。あなたとあなたの所に集まった軍隊は、みな備えをなせ。そしてあなたは彼らの保護者となれ。

38:8 多くの日の後、あなたは集められ、終りの年にあなたは戦いから回復された地、すなわち多くの民の中から、人々が集められた地に向かい、久しく荒れすたれたイスラエルの山々に向かって進む。その人々は国々から導き出されて、みな安らかに住んでいる。

38:9 あなたはそのすべての軍隊および多くの民を率いて上り、暴風のように進み、雲のように地をおおう。

38:10 主なる神はこう言われる、その日に、あなたの心に思いが起り、悪い計りごとを企てて、

38:11 言う、『わたしは無防備の村々の地に上り、穏やかにして安らかに住む民、すべて石がきもなく、貫の木も門もない地に住む者どもを攻めよう』と。

38:12 そしてあなたは物を奪い、物をかすめ、いま人の住むようになっている荒れ跡を攻め、また国々から集まってきて、地の中央に住み、家畜と貨財とを持つ民を攻めようとする。

38:13 シバ、デダン、タルシシの商人、およびそのもろもろの村々はあなたに言う、『あなたは物を奪うために来たのか。物をかすめるために軍隊を集めたのか。あなたは金銀を持ち去り、家畜と貨財とを取りあげ、大いに物を奪おうとするのか』と。

38:14 それゆえ、人の子よ、ゴグに預言して言え。主なる神はこう言われる、わが民イスラエルの安らかに住むその日に、あなたは立ちあがり、

38:15 北の果のあなたの所から来る。多くの民はあなたと共におり、みな馬に乗り、その軍隊は大きく、その兵士は強い。

38:16 あなたはわが民イスラエルに攻めのぼり、雲のように地をおおう。ゴグよ、終りの日にわたしはあなたを、わが国に攻めきたらせ、あなたをとおして、わたしの聖なることを諸国民の目の前にあらわして、彼らにわたしを知らせる。

38:16 お前はわが民イスラエルに向かって、地を覆う雲のように上って来る。そのことは、終わりの日に起こる。わたしはお前を、わたしの地に連れて来る。それは、ゴグよ、わたしが国々の前で、お前を通して自分の聖なることを示し、彼らがわたしを知るようになるためである。

38:17 主なる神はこう言われる。お前は、遠い昔、わたしが僕であるイスラエルの預言者たちを通して語ったその者ではないか。この預言者たちは、長年にわたって、彼らに向かってわたしがお前を来させる、と語った。

38:18 ゴグがイスラエルの地を襲う日、まさにその日に、と主なる神は言われる。わたしの憤りは激しく燃え上がる。

38:19 わたしは熱情と怒りの火をもって語る。必ずその日に、イスラエルの地には大地震が起こる。

38:20 海の魚、空の鳥、野の獣、地の上を這うすべてのもの、および地上のすべての人間は、わたしの前に震える。山々は裂け、崖は崩れ、すべての城壁は地に倒れる。

38:21 わたしはすべての山の上で、ゴグに向かって剣を呼び寄せる、と主なる神は言われる。人はおのおの、剣をその兄弟に向ける。

38:22 わたしは疫病と流血によって彼を裁く。わたしは彼とその軍勢、また、彼と共にいる多くの民の上に、大雨と雹と火と硫黄を注ぐ。

38:23 わたしは自らの偉大さと聖とを多くの国々の前に示す。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。

39:1 人の子よ、あなたはゴグに向かい預言して言いなさい。主なる神はこう言われる。メシェクとトバルの総首長ゴグよ。わたしはお前に立ち向かう。

39:2 わたしはお前を立ち帰らせ、お前を導いて北の果てから連れ上り、イスラエルの山々に来させる。

39:3 そして、お前の左手から弓を叩き落とし、右手から矢を落とさせる。

39:4 お前とそのすべての軍隊も、共にいる民も、イスラエルの山の上で倒れる。わたしはお前をあらゆる種類の猛禽と野の獣の餌食として与える。

39:5 お前は野の上に倒れる。まことにわたしがこれを語った、と主なる神は言われる。

39:6 わたしは、火をマゴグと海岸地方に安らかに住む者たちに送る。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。

39:7 わたしは、わが民イスラエルの中にわが聖なる名を知らせる。わたしはわが聖なる名を二度と汚させない。そのとき、諸国民はわたしが主であり、イスラエルの中の聖なる者であることを知るようになる。

39:8 このことは到来し、実現する、と主なる神は言われる。それは、わたしが語った日である。

39:9 イスラエルの町々に住む者は出て来て、もろもろの武器、すなわち盾と大盾、弓矢、棍棒、槍を火で燃やす。彼らはそれで七年間火を燃やし続ける。

39:10 彼らは、野から木を取ってくることも、森から薪を集めることもない。彼らは武器で火を燃やすからである。彼らは戦利品を取り返し、略奪されたものを奪い返す、と主なる神は言われる。

39:11 その日、わたしはゴグのために、イスラエルの中のよく知られている場所を墓地として与える。それは海の東の旅人の谷である。その墓は旅人の道をふさいでしまう。人々はそこにゴグとすべての軍勢を埋め、そこをゴグの軍勢の谷と呼ぶようになる。

39:12 イスラエルの家はその地を清めるため、七か月の間彼らを埋める。






http://www.logos-ministries.org/old_b/ezk38.html

エゼキエル書38:2 もっとも大事なマゴグの地「ゴグ」についての説明をしなければいけません。日本語訳で「大首長」となっているところは、英語ではそのまま固有名詞として「ロシュ(あるいはロシ)」となっています。日本語の文語訳ではそのようになっています。読んでみます、「ロシ、メセクおよびトバルの君たるマゴグの地の王ゴグ」です。



http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2008/04/rosh_dbd4.html
「メシェクとトバルの総首長」(新共同訳)ってとこのヘブライ語の原文をみてみると、で、ここには [ローシュ]っていうのがちゃんとにある。文語訳はこれを「ロシ」って訳してるわけだ。


釈のちがいだ

そしてこのロシュは、黒海とカスピ海の北の辺りの地域であることが古代の文献から分かっています。つまりロシアです。そしてマゴグですが創世記102節には、ヤペテの息子の一人です。主に地中海、そしてヨーロッパに散っていった人々ですが、ヨセフスなど、さまざまな古代資料から「スキタイ人」であることが分かっています。

私たちは、イスラエルが独立宣言をしたちょうどその日に、周辺のアラブ諸国が攻め入った第一次中東戦争を知っています。その後、イスラエルとエジプトの間のシナイ作戦、そして、エジプト、ヨルダン、シリアとの間で六日戦争、そして1973年、エジプトとシリアとの間でヨム・キプール戦争がありました。またガリラヤ平和作戦と呼ばれるレバノン内におけるPLOとの戦いもありましたし、第二次レバノン戦争は最近ありましたね。とにかくイスラエルは周辺アラブ諸国とのみ、戦争を交わしています。

 けれども、その中で着実にロシアの関与が強くなりました。六日戦争の時はソ連もアメリカも、世界大戦になるのを恐れて関与するのを控えましたが、ヨム・キプール戦争の時はシリア側に深く関わり、ロシア製の武器のみならず、ロシア軍の兵士も送ったのではないかと言われています。そのため、地中海に浮かぶアメリカの戦艦が警戒態勢に入り、核戦争の危機に陥りました。そして1982年のガリラヤ平和作戦では、イスラエル軍がレバノン内にロシアの武器を大量に発見し、最大の危機を回避したと言われています。


伊達 : ポイントは、長い間、散りじりになっていたユダヤ国民が、一つの国(イスラエル)に集められ、安らかに住んでいる。 その終わりの日に北の果てから強い軍隊(北方諸国連合マゴグのゴグ)が攻めてくる。バビロン捕囚以降、多くの日が過ぎて後、世界中に離散していたユダヤ人が一九四八年に一つの国イスラエルが国家として再建された。旧約預言の成就である。この終わりの日以降、我々は預言された歴史の時代のなかで非常に重要な時代を生きているのである。
北からロシアの連合軍が攻めるというのである。ドイツの学者カイル博士は、慎重な文法的分析を加えたあとで、この語(ロシ)は固有名詞として訳すべきだと結論し、こういっている。「ビザンチウムやアラブの作家たちは、トールス地方に住むロスまたはルスと呼ばれる部族のことを頻繁に言及し、しかも彼らをスキタイ族の支族と見ている」(「旧約注解」C・F・カイル、F・デリッチュ各博士共著、エルドマンス社、グランド・ラピッズ、ミシガン



38:8 多くの日の後、あなたは集められ、終りの年にあなたは戦いから回復された地、すなわち多くの民の中から、人々が集められた地に向かい、久しく荒れすたれたイスラエルの山々に向かって進む。その人々は国々から導き出されて、みな安らかに住んでいる。

38:9 あなたはそのすべての軍隊および多くの民を率いて上り、暴風のように進み、雲のように地をおおう。

38:10 主なる神はこう言われる、その日に、あなたの心に思いが起り、悪い計りごとを企てて、

38:11 言う、『わたしは無防備の村々の地に上り、穏やかにして安らかに住む民、すべて石がきもなく、貫の木も門もない地に住む者どもを攻めよう』と。

38:15 北の果のあなたの所から来る。多くの民はあなたと共におり、みな馬に乗り、その軍隊は大きく、その兵士は強い。

38:16 あなたはわが民イスラエルに攻めのぼり、雲のように地をおおう。ゴグよ、終りの日にわたしはあなたを、わが国に攻めきたらせ、あなたをとおして、わたしの聖なることを諸国民の目の前にあらわして、彼らにわたしを知らせる。


ダニエル書


11:44しかし、東と北からの知らせが彼を脅かす。彼は、多くの者を絶滅しようとして、激しく怒って出て行く。

 ここから世界最終戦争の始まりです。反キリストの支配が、東からと北からの知らせで揺らぎます。東からはユーフラテス川が涸れて、王たちがやってくることが黙示録16章に書かれています。北からはロシア方面からでしょう。

11:45彼は、海と聖なる麗しい山との間に、本営の天幕を張る。しかし、ついに彼の終わりが来て、彼を助ける者はひとりもない。

 世界の軍隊が集まります。反キリストに反旗を翻していましたが、黙示録16章を見ますと、メギドの丘、ハルマゲドンに集まることが書かれています。それがここ「海と聖なる麗しい山との間」です。反キリストが、これら対立する世界の勢力を、一つの目的のためにまとめ上げます。それは、「神とキリストに反抗する」ことです。
 

なぜ国々は騒ぎ立ち、国民はむなしくつぶやくのか。地の王たちは立ち構え、治める者たちは相ともに集まり、主と、主に油をそそがれた者とに逆らう。「さあ、彼らのかせを打ち砕き、彼らの綱を、解き捨てよう。」(詩篇2:1-3

 イエス様を十字架につけることについて、ルカの福音書には「この日、ヘロデとピラトは仲よくなった。それまでは互いに敵対していたのである。(23:12」とあります。同じように終わりの日は、互いに敵であっても、主とメシヤに逆らうことについては一致するのです。それで彼らが再臨のキリストに対して戦い挑むのですが、もちろん「天の御座に着いておられる方は笑う。主はその者どもをあざけられる。(詩篇2:4」とあります。 

 再臨のキリストの口からは鋭い剣が出ています。つまり、ことば一つによってこれら世界の軍隊をことごとく打ち滅ぼすことができるのです。黙示録19章を読んでください。そして反キリストと偽預言者は、キリストによって生きたまま地獄に投げ込まれます。これがここに書いてある「彼の終わりが来て、彼を助ける者はひとりもない。」ということです。

 

ハルマゲドン

ヨハネの黙示録 第14章


17) また、もうひとりの御使が、天の聖所から出てきたが、彼もまた鋭いかまを持っていた。
18) さらに、もうひとりの御使で、火を支配する権威を持っている者が、祭壇から出てきて、鋭いかまを持つ御使にむかい、大声で言った、「その鋭いかまを地に入れて、地のぶどうのふさを刈り集めなさい。ぶどうの実がすでに熟しているから」。
19) そこで、御使はそのかまを地に投げ入れて、地のぶどうを刈り集め、神の激しい怒りの大きな酒ぶねに投げ込んだ。
20) そして、その酒ぶねが都の外で踏まれた。すると、血が酒ぶねから流れ出て、馬のくつわにとどくほどになり、一千六百丁にわたってひろがった。



伊達:穀物の収穫も葡萄の収穫も共に審判の比喩である。

イザヤ書
の六三章 神にそむくもろもろの民に対する激しい刑罰、審判 裁きの日である。

63:3 「わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。もろもろの民のなかに、わたしと事を共にする者はなかった。わたしは怒りによって彼らを踏み、憤りによって彼らを踏みにじったので、彼らの血がわが衣にふりかかり、わが装いをことごとく汚した。

63:4 報復の日がわが心のうちにあり、わがあがないの年が来たからである。

63:5 わたしは見たけれども、助ける者はなく、怪しんだけれども、ささえる者はなかった。それゆえ、わが腕がわたしを勝たせ、わが憤りがわたしをささえた。

63:6 わたしは怒りによって、もろもろの民を踏みにじり、憤りによって彼らを酔わせ、彼らの血を、地に流れさせた」。

 



ヨハネの黙示録 第14章二〇節はハルマゲドンでの出来事とされる。
「血は、その酒ぶねから流れ出て、馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった」、つまりその流れ出た血は、二百九十六キロメートル先まで及ぶという。この距離は、イスラエルの北から南まで、また、エルサレムからアラビアにある「ボツラ」(イザヤ書六三・1)までの距離に匹敵する。
その日、エルサレムを中心に戦争が起こり、神は北から、東から大軍をつれてエルサレムに集結するだろう。その時、主イエスが天の軍勢とともに栄光のうちに現れ、恐るべき大虐殺が行われる。イスラエルの人々が死体を葬り、その国をきよめるのに七か月もかかるという。(エゼキエル書三九章一二節)



ヨハネの黙示録 第14章20) そして、その酒ぶねが都の外で踏まれた。すると、血が酒ぶねから流れ出て、馬のくつわにとどくほどになり、一千六百丁にわたってひろがった。

エゼキエル書
39:11 その日、わたしはゴグのために、イスラエルの中のよく知られている場所を墓地として与える。それは海の東の旅人の谷である。その墓は旅人の道をふさいでしまう。人々はそこにゴグとすべての軍勢を埋め、そこをゴグの軍勢の谷と呼ぶようになる。

39:12 イスラエルの家はその地を清めるため、七か月の間彼らを埋める





マタイ 24、21〜29



 こうした天変地異については、イエス・キリストも次のように預言されました。
 「その時には、世の初めから今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。・・・・太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます」(マタ二四・二一、二九)。









目次

ヨハネの黙示録 第13章



1) わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた。
2) わたしの見たこの獣はひょうに似ており、その足はくまの足のようで、その口はししの口のようであった。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた。
3) その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けたが、その致命的な傷もなおってしまった。そこで、全地の人々は驚きおそれて、その獣に従い、
4) また、龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、さらに、その獣を拝んで言った、「だれが、この獣に匹敵し得ようか。だれが、これと戦うことができようか」。
5) この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。
6) そこで、彼は口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちとを汚した。
7) そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。
8) 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むであろう。
9) 耳のある者は、聞くがよい。
10) とりこになるべき者は、とりこになっていく。つるぎで殺す者は、自らもつるぎで殺されねばならない。ここに、聖徒たちの忍耐と信仰とがある。
11) わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。
12) そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた。
13) また、大いなるしるしを行って、人々の前で火を天から地に降らせることさえした。
14) さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。
15) それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。
16) また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、
17) この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。
18) ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である。










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ヨハネの黙示録

4つの獣

ダニエル書

エジプト

シリヤ

バビロン

ペルシャ

メディア

意味する















http://elbaal.hp.infoseek.co.jp/daniel7.8.9.htm

ダニエル書7章:

http://www.logos-ministries.org/old_b/dan7.html

図解:ダニエル書

http://carobchip.at.infoseek.co.jp/prophecy/1-daniel2.htm

http://carobchip.at.infoseek.co.jp/prophecy/4-daniel7.htm














ヨハネの黙示録

ダニエル書

意味する

雄山羊

ギリシャ

雄羊

メデア

ペルシャ









































4.ダニエル書の「小さな角」 パートT

 

第4課の学びはとても興味深い学びです。ダニエル書7章の「小さな角」と黙示録13章の「獣」について学びます。

ダニエル 7:1 バビロンの王ベルシャザルの元年に、ダニエルは床にあって夢を見、また悩中に幻を得たので、彼はその夢をしるして、その事の大意を述べた。

ダニエル 7:2 ダニエルは述べて言った、「わたしは夜の幻のうちに見た。見よ、天の四方からの風が大海をかきたてると、

ダニエル 7:3 四つの大きな獣が海からあがってきた。その形は、おのおの異なり

ダニエルは、海から4つの獣があがってくる幻を見ました。

ダニエル 7:16 するとその者は、わたしにこの事の解き明かしを告げ知らせた。

ダニエル 7:17 『この四つの大きな獣は、地に起らんとする四人の王である。

ダニエル 7:23 彼はこう言った、『第四の獣は地上の第四の国である。

これらの「獣」は何を表していますか?

地に起こらんとする「王」、地上の「国」ですね。

2章でも学びましたが、聖書の預言を解釈する鍵は聖書自体です。この原則を決して忘れないでください。

重要な原則 : 「くり返すこと、そしてその都度より詳細を述べること」
7章には聖書の預言の原則がもうひとつあります。それは、「くり返すこと、そしてその都度より詳細を述べること」です。
第一課のダニエル書2章で、4つの金属でできた人の像について学びました。これは、バビロンより後、キリストの再臨までの4つの大きな国をあらわしていました。それは、バビロン、メド・ペルシャ、ギリシャ、ローマで、その後ヨーロッパは分裂し、最後にキリストの再臨です。ダニエル書7章は、この2章で学んだことをくり返し、2章よりもさらに多くの詳細を述べています。では、7章の続きを見ていきましょう。

 

ダニエル書2章

ダニ7&黙示13

バビロン

金の頭

メド・ペルシャ

銀の胴と腕

ギリシャ

青銅の腹ともも

ローマ

鉄のすね

分裂したヨーロッパ

粘土と鉄の足

ダニエル 7:4 第一のものは、ししのようで、わしの翼をもっていたが、わたしが見ていると、その翼は抜きとられ、また地から起されて、人のように二本の足で立たせられ、かつ人の心が与えられた。

第1の国は、2章では 金の頭で表されていました。バビロンです。7章では、百獣の王、ライオンであらわされています。

バビロンは実際、国を象徴する動物に翼を持つライオンを用いていました。宮殿に至る道の塀には、翼を持つライオンをかたどったタイルがはめ込まれていました。

ダニエル 7:5 見よ、第二の獣はのようであった。これはそのからだの一方をあげ、その口の歯の間に、三本の肋骨をくわえていたが、これに向かって『起きあがって、多くの肉を食らえ』と言う声があった。

 

第2の国は、2章では銀の胸と腕であらわされたメド・ペルシャでした。7章では、体の一方を上げ、口に3本の肋骨を加えているであらわされています。以下はその特徴の説明です。

体の一方が上がっている…メド・ペルシャは、メディアとペルシャの連合王国でしたが、次第にペルシャが頭角を現し、メディアよりも強大になりました。
3本の肋骨をくわえている…これらはメド・ペルシャに征服されたリディア、バビロン、エジプトの国々をあらわしています。

ダニエル 7:6 その後わたしが見たのは、ひょうのような獣で、その背には鳥の翼が四つあった。またこの獣には四つの頭があり、主権が与えられた

第3の国は、2章では青銅の腹とももであらわされたギリシャでした。7章では、4つの翼と4つの頭を持つヒョウであらわされています。以下はその特徴の説明です。

4つの翼…これはスピードをあらわします。ギリシャは、10年という短い期間で広大な地域を征服しました。
4つの頭…アレキサンダー大王の死後、後継者争いが勃発し、4人の総督がギリシャを分割しました。(セレウコス、プトレマイオス、カサンドロス、リシマコス)

ダニエル 7:7 その後わたしが夜の幻のうちに見た第四の獣は、恐ろしい、ものすごい、非常に強いもので、大きな鉄の歯があり、食らい、かつ、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。これは、その前に出たすべての獣と違って、十の角を持っていた

第4の国は、2章では鉄のすねであらわされたローマでした。7章では、恐ろしい獣としてあらわされています。これは、ローマがとても強大で、多くの人を残虐に殺したからです。

ローマが滅びた時、その地域は10の国々に分裂しました。これは、2章では足のつま先であらわされていましたが、ここでは10本の角であらわされています。24節にも、十の角はこの国から起る十人の王であると解説されています。

ここまで学んだことは、2章で学んだことのくり返しです。しかしこれ以下、2章で学んだことより多くの詳細が述べられています。7章には、キリストの再臨までに起こることがくわしく説明されています。

小さい角ここから続く

ダニエル 7:8 わたしが、その角を注意して見ていると、その中に、また一つの小さい角が出てきたが、この小さい角のために、さきの角のうち三つがその根から抜け落ちた。見よ、この小さい角には、人の目のような目があり、また大きな事を語る口があった。

ダニエル 7:9 わたしが見ていると、もろもろのみ座が設けられて、日の老いたる者が座しておられた。その衣は雪のように白く、頭の毛は混じりもののない羊の毛のようであった。そのみ座は火の炎であり、その車輪は燃える火であった。

ダニエル 7:10 彼の前から、ひと筋の火の流れが出てきた。彼に仕える者は千々、彼の前にはべる者は万々、審判を行う者はその席に着き、かずかずの書き物が開かれた。

ここから、「小さい角」と「裁き」についての新しい描写です。これらは、新しいことなので、ダニエルは「小さい角」と裁きについて、理解しようとします。そこでわたしは、さらに第四の獣の真意を知ろうとした。…」(ダニエル7:19)

一体この「小さい角」とな何なのでしょうか。何世紀もの間、多くの人がこれが何であるかを憶測して来ました。しかし、私たちは憶測ではなく、ここに書いてあることをまとめて表にし、歴史からこの特徴をすべて満たす権力があるかどうかを探っていきます。

ダニエル 7:7 その後わたしが夜の幻のうちに見た第四の獣は、恐ろしい、ものすごい、非常に強いもので、大きな鉄の歯があり、食らい、かつ、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。これは、その前に出たすべての獣と違って、十の角を持っていた

ダニエル 7:8 わたしが、その角を注意して見ていると、その中に、また一つの小さい角が出てきたが、この小さい角のために、さきの角のうち三つがその根から抜け落ちた。見よ、この小さい角には、人の目のような目があり、また大きな事を語る口があった。

1.「小さな角」は、第4の獣(ローマ)から興ります。

2.「小さな角」は、「その中(10本の角の中)に」出てきます。つまり分裂したヨーロッパの国々の中から興るのです。

3.「小さな角」のために、10本のうち3本の角が抜け落ちます。十の角はこの国から起る十人の王である。その後にまたひとりの王が起る。彼は先の者と異なり、かつ、その三人の王を倒す」(ダニエル7:24)。2章で、ローマの後に起こる10の国々を見ましたが、現在のヨーロッパとして残っている国は7つであり、残りの3つの国は完全に滅亡してしまいました。

アングロ・サクソン イギリス
ロンバルド イタリア
ブルガンディアン スイス
西ゴート スペイン
フランク フランス
スエヴィ(スラブ) ポルトガル
アレマニア ドイツ
ヴァンダル 滅亡
ヘルリ 滅亡
東ゴート 滅亡

4.「小さな角」には人の目のような目があり、大きなことを語る口があります。旧約聖書では、預言者は「先見者」と呼ばれますが、それは預言者たちが神が物事をご覧になるように見ることができたからです。ですから、この「小さな角」は、神ではなく人によってつくられた権力であり、人がかしらとなります。

ダニエル 7:24 十の角はこの国から起る十人の王である。その後にまたひとりの王が起る。彼は先の者と異なり、かつ、その三人の王を倒す

5.「小さい角」は、10の角の後に興ります。ローマが滅び、10の国に分裂したAD478年から、3つのうち最後の国が滅びたAD538年までの間に興る国です。

6.「小さい角」は、先の者(10の角)とは異なります。他のヨーロッパの国とは異なる特徴があります。

ダニエル 7:21 わたしが見ていると、この角は聖徒と戦って、彼らに勝ったが、

ダニエル 7:25 彼は、いと高き者に敵して言葉を出し、かつ、いと高き者の聖徒を悩ます。彼はまた時と律法とを変えようと望む聖徒はひと時と、ふた時と、半時の間、彼の手にわたされる

7.「小さい角」は、聖徒(神に真に従う人たち)と戦い、彼らに勝ちます。

8.「小さい角」は、いと高き者に敵して言葉を出します。

9.「小さい角」は、時と律法を変えようと望みます。これについては後の課で詳しく学びます。

10.「小さい角」は、ひと時と、ふた時と、半時の間、権力を持ちます。聖書では「ひと時」は1年をあらわします。ですから、これは3年半となります。(聖書訳によっては最初から3年半と書いてあるものもあります。)


「ひと時と、ふた時と、半時の間」

黙示録 13:1 わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた。

黙示録 13:2 わたしの見たこの獣はひょうに似ており、その足はくまの足のようで、その口はししの口のようであった。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた。

この黙示録の獣と、ダニエル書7章の獣の描写に類似点はありますか?同じ種類の獣と、同じ数の角(「小さな角」以外)が描かれていますね。

黙示録 13:3 その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けたが、その致命的な傷もなおってしまった。そこで、全地の人々は驚きおそれて、その獣に従い、

黙示録 13:5 この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。

黙示録 13:7 そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。

これは、ダニエル7章の「小さな角」が行うことと全く同じです。聖徒に戦いをいどんでこれに勝ち、大言を吐き、汚しごとを語り、42ヶ月の間活動します。42ヶ月とは、3年半、「ひと時と、ふた時と、半時の間」と同じ期間です。 そしていったん権力を失い、後に再び取り戻します。

この黙示録13章の獣は、ダニエル7章の「小さい角」と同じものです。

黙示録 12:6 女は荒野へ逃げて行った。そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように、神の用意された場所があった。

黙示録 11:2 聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。

黙示録 11:3 そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう」。

1260日、42ヶ月という期間がくり返し交互に出てきます。3年半とは、42ヶ月、1260日のことです。

ここでまた聖書の預言を解釈する上でとても大切な原則を説明します。聖書の預言では、それが象徴的に用いられている場合、1日は1年をあらわします。地図で1キロが1センチに縮められているようなものですね。

では、それを証明するために聖句をいくつか見てみましょう。

エゼキエル 4:6 あなたはその期間を終ったなら、また右脇を下にして寝て、ユダの家の罰を負わなければならない。わたしは一日を一年として四十日をあなたのために定める。

民数記 14:34 あなたがたは、かの地を探った四十日の日数にしたがい、その一日を一年として、四十年のあいだ、自分の罪を負い、わたしがあなたがたを遠ざかったことを知るであろう」。

これらの聖句で「1日を1年として、40日の間」とありますから、それは40年をあらわしています。

ダニエル書と黙示録でも1260日は、1260年を象徴しています。

3つの国々のうち最後の国が滅びた538年を起点として1260年を数えると1798年になります。これは、後ほど歴史をひも解いていくとぴったりと当てはまることがわかります。

黙示録 13:4 また、龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、さらに、その獣を拝んで言った、「だれが、この獣に匹敵し得ようか。だれが、これと戦うことができようか」。

黙示録 13:8 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むであろう

黙示録 13:3 その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けたが、その致命的な傷もなおってしまった。そこで、全地の人々は驚きおそれて、その獣に従い、

黙示録 13:7 そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。

先の「小さい角」の特徴の6番目に、「他のヨーロッパの国とは異なる特徴がある」と書きました。他のヨーロッパの国々は政治的な権力のみを持つ国でしたが、この「小さい角」また「獣」は政治的、そして宗教的な権力を持つ国です。

また、この権力は、全世界に及ぶ範囲に力を持つでしょう。この権力は国境に影響されません。

「汚しごとを語る」
上記の特徴の8番目に、「いと高き者に敵して言葉を出す」というのがありました。これは、黙示録13:5では、「
大言を吐き汚しごとを語る」とあります。これは一体どういう意味でしょうか?これもまた、聖書自体に解説してもらいましょう。

ヨハネ 10:33 ユダヤ人たちは答えた、「あなたを石で殺そうとするのは、よいわざをしたからではなく、神を汚したからである。また、あなたは人間であるのに、自分を神としているからである」。

ルカ 5:21 すると律法学者とパリサイ人たちとは、「神を汚すことを言うこの人は、いったい、何者だ。神おひとりのほかに、だれが罪をゆるすことができるか」と言って論じはじめた。


では、「小さい角」、「獣」の特徴を復習しましょう。

1.

異教ローマ帝国から興ります。ローマに起源があります。(ダニエル7:7,8,23,24)

2.

異教ローマ帝国が滅びた476年以降に興ります。(ダニエル7:24)

3.

ヨーロッパに興ります。(ダニエル7:8)

4.

3つの国を滅ぼします。最後の国が滅ぼされるのが538年で、これが「小さい角」が権力を得た年です。(ダニエル7:8,20,24)

5.

538年から1798年までの1260年の間支配し、権力を失います。その後、世界的な権力を再び得ます。(ダニエル7:25、黙示録13:3,5)

6.

この1260年の間にクリスチャンに戦いをいどみ、迫害します。(ダニエル7:21,25、黙示録13:7)

7.

人がかしらとなり、語ります。(ダニエル7:8)

8.

汚しごとを語ります。この地の神であると主張し、罪を許す力があると主張します。(ダニエル7:25、黙示録13:5、ヨハネ10:33、ルカ5:21)

9.

他のヨーロッパの国々とは異なり、政治的、宗教的な力を持ちます。(ダニエル7:24、黙示録13:4,8)

10.

世界的な力を持ちます。国境に影響されず、すべての国に浸透します。(黙示録13:3,7-8)

これらの特徴は、すべて聖書自体による解釈です。これらの特徴をすべて満たす国がひとつだけあります。
次に進む前に、聖書を読み返すなり、歴史の本を読むなどしてご自身で答えを発見してください。


小さい角




wikipedia

バチカンの地は古代以来ローマの郊外にあって人の住む地域ではなかったが、キリスト教以前から一種の聖なる地だったと考えられている。326年コンスタンティヌス帝によって使徒ペトロの墓所とされたこの地に最初の教会堂が建てられた。やがてこの地に住んだローマ司教が教皇として全カトリック教会に対して強い影響力をおよぼすようになると、バチカンはカトリック教会の本拠地として発展し、755年から19世紀まで存在した教皇領の拡大にともなって栄えるようになった。1860年イタリア王国が成立すると教皇領は接収されたため、ローマ教皇庁とイタリア王国政府が関係を断絶し、教皇は「バチカンの囚人」と称してバチカンに引きこもった。



http://homepage3.nifty.com/newSDA/proph-dan.htm

この第四の獣には十の角があった。この角とは、ローマ帝国がゲルマン民族の侵入を受けて東西に分裂し更に、西ローマが幾つかの小国に分離した時の事を言っているのではないか。事実ローマ帝国が分離した後も、ローマ帝国の権威を継承すると称した正式なタイトル名が10種類あった(正真ローマ帝国、東ローマ帝国、神聖ローマ帝国、フランクローマ帝国、ロンバルジアローマ帝国、その他)のが、世俗権威を手にしたカトリック教会が「ローマ」を名乗るようになり、それで出来たのがローマ・カトリックである。これが
小さい角である。ローマカトリックがしゃしゃり出てきた結果、3つの「ローマ帝国」(ロンバルジアなど)がそのために滅んだという史実がある。従ってダニエル書の7章はバビロニアの時代に既に紀元後の世界を記述している事になる。

小さな角の補足説明。角に目や物を言う口がついていた。その上神の民と戦ってこれを害することすらした。事実ローマ・カトリックは聖書を民衆に読ませず、ユダヤ人を迫害し、聖書に忠実であろうとする者を迫害し続けた。またローマ・カトリックは安息日を週の第七日から第一日目に変更し、身のほど知らずのの事をしてきたのである。法王は自らを神の代理人となのる。







http://www.4angels.jp/publications/et/manna/manna1206.htm

各時代の大争闘 下巻

カクジダイ ノ ダイソウトウ

ホワイト選集 11 
福音社 
エレン G.ホワイト 著  
ホワイト,エレン G.
清野 喜夫 訳  
セイノ,ヨシオ
村上 良夫 訳  
ムラカミ,ヨシオ

出版社 福音社
フクインシヤ

「わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた。わたしの見たこの獣はひょうに似ており、その足はくまの足のようで、その口はししの口のようであった。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた。……とりこになるべき者は、とりこになっていく。つるぎで殺す者は、自らもつるぎで殺されねばならない。ここに、聖徒たちの忍耐と信仰とがある。」(黙示録一三ノ一、二、一〇)

 〔ひょうに似ている獣の〕この象徴は、たいていのプロテスタントが信じてきたように、かつて古代ローマ帝国が握っていた力と位と権威とを継承した法王権を表わしている。ひょうに似た獣について、次のように言われている。「この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、・・・・そこで、彼は口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちとを汚した。そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。」ダニエル書七章の小さい角の描写とほとんど同じであるこの預言は、疑いもなく法王権を指している。(各時代の各時代の大争闘下巻一五八

 第六世紀に至って、法王権は確立した。その権力の座はローマに置かれ、ローマの司教が全教会の首長であると宣言された。……キリスト者たちは、神に対する忠誠を放棄して法王教の儀式と礼拝を受け入れるか、それとも、地下の牢獄に幽閉され、拷問や火刑、また斬首吏のおので生命を失うか、そのどちらかを選ばねばならなくなった。(同上上巻四九

 「その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けた」と預言者は言っている。また、「とりこになるべき者は、とりこになっていく。つるぎで殺す者は、自らもつるぎで殺されねばならない」とある。四十二か月は、ダニエル書七章の「ひと時と、ふた時と、半時の間」、つまり三年半、すなわち千二百六十日と同じで、その期間のあいだ、法王権は神の民を圧迫するのであった。この期間は、……法王権が至上権を握った紀元五三八年に始まり、一七九八年に終わった。この時、法王はフランス軍の捕虜になり、法王権は致命的な傷を受けた。「とりこになるべき者は、とりこになっていく。」(同上下巻一五八)


大言を吐〔く〕……口
                           

「彼は、いと高き者に敵して言葉を出し……彼はまた時と律法とを変えようと望む。」(ダニエル七ノ二五)
「この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ」(黙示録一三ノ五)
「一つの小さい角が出て、……はなはだしく大きくなり、……真理を地に投げうち、ほしいままにふるまって、みずから栄えた。」(ダニエル八ノ九、一二)
「彼は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する。」(第二テサロニケ二ノ四)
「ローマ教会が権力を握ったことは、暗黒時代の始まりを意味した。教会の権力が増すにつれて暗黒は深まった。信仰は、真の基礎であるキリストから、ローマ法王へと移された。人々は、罪の許しと永遠の救いを求めて神の子によりたのむかわりに、法王や、法王が権力をゆだねた司祭や司教たちにたよった。彼らは、法王はこの地上における彼らの仲保者であって、法王によらなければだれも神に近づくことができない、と教えられた。さらに、法王は神に代わって彼らの前に立つ者であるから、絶対に服従すべきであると教えられた。彼の要求に従わない者が、最も厳しい罰をその心身に受けるのは、当然のこととされた。
こうして人々の心は神から引き離されて、誤りの多い残酷な人々に、いや、彼らを通して力を振うところの暗黒の君自身に向けられた。
罪は聖潔の仮面をかぶった。聖書が圧迫され、人間が自分を最高のものと見なすようになるとき、そこには、欺瞞と惑わし、汚れた罪悪しか期待できない。人間の律法と言い伝えとが高められるにつれて、神の律法を放棄するとき常に起こる腐敗があらわれてきた。」(各時代の大争闘上巻五〇)
「法王制は、神の律法を変更しようとした。偶像礼拝を禁じる第二条を律法から除去し、第四条は、七日目のかわりに第一日を安息日として守ることを公認するように変更された。しかし、法王側の人々は、第二条を除去したことを、それは第一条に含まれているから不必要であり、われわれは神がわれわれに理解させたいと望んでおられるとおりに律法を与えたのであると主張する。これは、預言者が預言したところの変更ではない。預言されたその変更は、計画的で故意の変更である。すなわち『彼はまた時と律法とを変えようと望む』。第四条の変更こそ、まさしくこの預言の成就である。これに関して主張できる権威は、ただ教会の権威のみである。ここにおいて、法王権は、公然と自らを神よりも高めているのである。」(各時代の大争闘下巻一六六)






wikipedia

しかし、ピウス6世の治世で起きた最も大きな事件は、1789年フランス革命であった。教皇は革命によって伝統あるフランスの教会が虐げられてゆく現実に直面した。人民政府は反教会を旗印にし、教会財産を国庫に没収した上、パレ・ロワイヤルでピウス6世の肖像画を焼いた。1791年にはアヴィニョンが没収された。

さらに1793年1月、ローマにおいて共和国政府の使節ユーグ・ド・バスヴィユ (Nicolas-Jean Hugou de Bassvilleが殺害されると、国民議会は教皇が事件の黒幕であると断罪し、ナポレオン・ボナパルトを司令官としたフランス軍が教皇領に侵攻した。教皇軍は敗北し、ナポレオンの前に膝を屈することになった。事態はここで終わらず、1797年12月28日にローマで勃発した暴動によってフランス軍司令官デュフォーが殺害されると、フランス軍が再び教皇領に侵攻して、これを占領した。フランス軍はローマ共和国の成立を宣言し、教皇の退位を迫ったが、教皇がこれを拒否したため、事実上の捕虜としてイタリアからフランス各地を転々とさせられ、1799年8月29日ヴァランスで失意のうちに世を去った。

4世紀ローマ帝国ではキリスト教徒の数が飛躍的に増加したが、司教が世俗において何らかの権力を獲得することはなかった。ローマ司教がその信徒に対する影響力によって帝国の行政システムの中で力を与えられるようになっていったのは5世紀以降のことである。教皇が政治的な存在感を初めて見せつけたのは452年にローマに侵入してきたアッティラを教皇レオ1世が駆け引きのすえに撤退させることに成功したことによってであった。
























メーソンはバチカンを乗っ取ろうと企んでいる!



バチカン&メーソン

http://hiroshima.cool.ne.jp/h_sinobu/batikann1.htm

「世紀の欺瞞」テオドル・コールベル著

●メーソンのローマ教皇を!

 フリーメーソンの最終目標は、世界政府と世界宗教の樹立である。
 全世界を自分達の手で治め、彼らの”神”によって統治するーーヒトラーの「第三
帝国」を世界規模のものとしたと考えれば分かり易い(ヒトラーは黒魔術を信奉する
強烈なオカルチストだった。)[オカルチスト(霊能者)だから悪という考えは、間
違っている。あくまでも善と悪は道徳的基準で考えるべき問題である。それが教育勅
語である。「第3帝国」の問題よりも「共産主義国」の体制の問題が悪魔王国の内容
である。そして共産主義者による世界主義者の体制を考えれば分かり易い。それがユ
ダヤ・メーソン主義の活動である!忍]。
 既にメーソンは、世界の政治、経済を裏から牛耳り、世界の主要な通信、商業、エ
ネルギー、食糧を手中に収め、”陰の世界政府”を形成している。そして、今や世界
恐慌、第三次世界大戦といった「世界的クライシス」を画策し、人類を”生存か死滅
か”という二者選択に陥れる事によって、「ワン・ワールド」構想を実行しようとし
ている(『聖母の黙示録大預言』曙出版・参照)。
 そこまで彼等の世界制覇の野望は進んでいるのである。
 そうした世界政府の胎動と共に、百年、二百年の単位で進められて来たのが世界宗
教の確立である。
 約9億人の信徒を有する世界最大の教会組織ローマ・カトリック。メーソンにとっ
て、まず、この難攻不落ともいうべき牙城を切り崩す事がその第一歩だった。
 例えば、フリーメーソンのイルミナティによって画策されたフランス革命(この革
命の究極目標はカトリックの撲滅にあり、無数の教会や修道院が破壊された)の後、
イタリアを統一したメーソンのガリバルディは、1872年、次の様に宣言している

 「我々の採取目標は、ヴォルテールのフランス革命と同じ、即ちカトリック
 信仰の絶滅だ。その為には1世紀かかる事もあろう。ユダヤ人がメシアを待
 望する様に、この最終目的に同意する一人の我々(メーソン)の教皇を待ち
 望むのである。
  年長者や成人は放っておくが良い。若者や子供達の所に出かけていって、
 我々の自由主義的フリーメーソン思想を染み込ませるのだ。特に大学生や聖
 職者志望の若者達から一層これらの若い聖職者達は、教会のあらゆる重要な
 地位を手に入れるだろう。彼等は君臨するだろう。統治するだろう。審判を
 執行するだろう」

 現在、約20人近くいる枢機卿の半数程が、メーソン員か、それに強い影響を受け
ている聖職者だといわれている。
 生え抜きのメーソンの聖職者は、メーソンの破壊工作員として神学校に入り、司祭
となり、影響力のある神学者、司教、大司教、枢機卿となっている。
 当にガリバルディが予告した通り、1世紀かけてのヴァチカン攻略だったのである

 そして彼が述べているように、彼らの最終目的は、メーソンのローマ教皇を打ち立
てる事だった。
 その事が現実に実行に移されたのが,「世紀の大陰謀」と呼ばれた「パウロ6世事
件」である!



パウロ6世は偽者だった

 第262代ローマ教皇パウロ6世(在位1963〜78)が、彼と親しかった教会
関係者や外交官達から不信の目で見られる様になったのは、75年9月以降の事だっ
た。
 その理由は、彼等の知っている教皇とは違う、別の人物ーつまり偽者がパウロ6世
に成り済ましているのではないかという不信だった。この風評は、真実味を帯びて、
単なる噂の領分を越えて広まっていた。
 何故なら、彼の近親者が、もし本当だったら困ると、追及されるのを恐れて口を閉
ざしていたからである。
 そんな折の1977年11月、テオドル・コールベルというジャーナリストが、『
世紀の欺瞞』という本を出版した。
 コールベルは、その著書の中で、本物と偽者のパウロ6世の肉体的特徴をあげ、公
衆の前に現れているパウロ6世は偽者だと、物的状況証拠を挙げて証明したからであ
る。
 一例を取ると、パウロ6世の目は、青空色のハッキリと澄んだ目をしているが、偽
者のそれは緑色に近い色だった。こうした事例を幾つか挙げ、世紀の虚実ぶりを白日
の下に曝したのである。
 更に興味深い事は、丁度同じ時期、スイスで行なわれた祓魔式(悪魔祓い)で、神
の名によって命名された善霊(鬼塚氏は悪魔と断定しているが少し疑問を持っている
)の口からも同じ内容の事が告げられた事だった。
 エクソシズムを受けたのは、4人の子供の母親で、彼女は19人(鬼塚氏は、悪霊
を動物と勘違いしているので匹の言葉を使っている?忍)の霊達(サタン、デビル、
デーモン)に取り憑かれていた。修道院長クラスの司祭が立ち合って、悪魔祓いは行
われた。
 この祓魔式の中で、憑かれた婦人を通して、守護霊(鬼塚氏は、サタン・ベルゼブ
ルと名付けている。その理由は分からない。何故ならこういう重要な情報は、善霊が
伝えたいから伝えたのではなかろうか!忍)は、キリストと聖母マリアの名によって
命名されると、コールベルの著書より更に恐るべき事実を告白したのである。
 その内容は、パウロ6世はフリーメーソンの数人の枢機卿とその仲間の聖職者達に
よって、地下室に幽閉され、薬物注射によって体を麻痺させられ、教皇としての偽っ
た偽のパウロ6世であり、高度な整形手術を受けている。そうした外見ばかりでなく
、声と特徴も本物そっくりに真似られ、メーソンの主要な枢機卿に操られている。そ
して、彼等は教皇の書類と書簡を勝手に偽造・検閲する事によって、教会全体の教え
を歪曲し、ミサ典礼の効用を少しずつ破壊しようとしているというものだった。
*************************
 しかし、偽者と本物の写真を見比べてみれば、その違いがよく分かる。
 右が偽者のパウロ6世。鼻は本物のパウロ6世より短く、耳の3/4ぐらいの長さ
しかない。側面からの写真を見ると、本物のパウロ6世は、鼻と耳たぶ先端が耳の3
/4程の位置にしかない。
 まさに一目瞭然といえよう。
 証拠はそれだけではない。次頁の右上のグラフのような図面を見て欲しい。
 上のグラフは1975年の復活祭の時の本物のパウロ6世の談話(スピーチ)の声
紋。下が同年のクリスマスの時の偽者の声紋である。声紋は指紋と同じくその人間の
肉体的証拠品となる。
 この2つは、ラテン語による同一内容の談話であり、それぞれの声紋の下にラテン
語が書き連ねられている。
 かなり似ている。
 だが、この両声紋は、65タイプの音響分析器にかけられた結果、全く別の人物の
声紋である事が証明されているー!!

図版挿入

NO.91




図版挿入

NO.92






1967年ファチマを巡礼した教皇パウロ6世 100万人近い群集の前に姿を現した




ヨハネ・パウロ1世の死には謎が多く解明されていない


引用開始ーーーーー

世界の政財界のみならず、フリーメーソンはヴァチカンの中枢にまで浸透しているのである。しかも、それはここ数年のことではない。百年という単位で、巧妙にヴァチカンの重要な役職に入り込んでいるのである。
一九八一年五月二十六日、イタリアのフォルラニ内閣がP2(フリーメーソン宣教第二支部)事件によって崩壊した時、政財界のみならず、ヴァチカン内の上位聖職者が数多くそのメンバーだったことがすでに発覚しているのは、記憶に新しい事実だ。そしてそのリストをもとに、現教皇ヨハネ・パウロ二世の前の教皇ヨハネ・パウロ一世は、ヴァチカン内のフリーメーソンを一掃しようとした。だが、ヨハネ・パウロ一世は、その前夜、不可解な死を遂げている。
そのため、ヨハネ・パウロ一世は、ヴァチカン内のフリーメーソンに毒殺されたと言われている。

引用終了ーーーーー土屋書店 ヨハネの終末大預言 鬼塚五十一著 P267−8













パウロ6世(パブリックドメイン)







図版挿入

NO.93


フランス革命の人権宣言と「全てを見る目」



カソリック司教と全てを見る目(背景)






図版挿入

NO.94

バチカン内のタペストリー(全てを見る目)



聖ペテロの椅子 バチカン























図版挿入

NO.95






反対意見もあるが、弱い!







ローマ・カソリック 法王権が小さい角である!































黙示録一三章の獣と小羊のような獣
                         

「彼らは小羊に戦いをいどんでくるが、小羊は、主の主、王の王であるから、彼らにうち勝つ。また、小羊と共にいる召された、選ばれた、忠実な者たちも、勝利を得る」(黙示録一七ノ一四)。
「イエスは、聖所における奉仕を終わり、至聖所にはいって、神の律法を納めた箱の前に立たれたときに、世界に対する第三の使命をたずさえたもうひとりの力強い天使を、お送りになった。……『彼らは、獣とその像と激しく戦わなければならない。彼らが永遠の生命を得る唯一の希望は、堅く立つことである。彼らは、その生命が危機にひんしても、真理に固く立たなければならない』と天使は言った。第三の天使は、『ここに、神の戒めとイエスの信仰を守る聖徒の忍耐がある』と言って、メッセージを終わっている。」(初代文集四一四〜四一五)
「天の主は、世が自分たちの支配者を選ぶことを許される。すべての人に黙示録一三章を注意深く読ませなさい。なぜなら、それは大いなる者も小さき者も、すべての人に関係があるからである。すべての人は、真の生ける神の側、すなわち第七日目の安息日のうちに創造の記念を世にお与えになったお方の側か、もしくは偽りの安息日の側、すなわち自らをすべて神と呼ばれたり拝まれたりするものよりも高くおき、神の戒めを守る忠実で真実な人々を圧迫することによってサタンの特質を自ら帯びた人々によって設立された安息日の側に立つかを決めなければならない。この迫害の勢力は自分が設立した安息日の遵守を強く迫ることによって、獣の礼拝を強要するようになる。こうして彼は神を汚し、「自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する」(第二テサロニケ二ノ四)。
この偽りの安息日の礼拝は、プロテスタント教会を神から引き離し、彼らを裸のままに取り残したくさびである。彼らには自分たちの偽りの神を支持する聖句は一つもなかったが、なお欺瞞が、すなわち年月を経て古くはあるが相変わらずの欺瞞が、敬われ、高められるために推奨された。その一方では第四条の安息日が踏みにじられ、神が辱められたのであった。……
天から追放されたサタンは、彼の詭弁によって目隠しされた世を、「主はこう言われる」よりもサタンの神学を受け入れた使たちを導いたのと同じ方法で導いている。すでに諸教会は裸であり、覆いがない。大欺瞞者と同様、彼らには言い訳の余地がない。なぜなら、彼らには、率直で明白な鋭い神のみ言葉があるからである。彼らが忠実で忠義な神の王国の臣民を押さえつけ、彼らから良心の自由を奪い、判事や裁判官の前に引き出し、彼らに有罪判決を宣告し、投獄し、鎖につなぎ、そして死刑にさえ処している一方で、彼らは自ら宇宙の前で、永遠のエホバの律法に対する断固とした強情な侮辱を示しているのである。〔黙示録一四ノ一〜四引用〕。
十四万四千人の説明の中で顕著な特徴の一つは、彼らの口には偽りがないことである。主は「その霊に偽りのない人はさいわいである」と仰せになった(詩篇三二ノ二)。彼らは神の子であると公言しており、小羊の行くところへはどこへでも従う者として表されている。彼らは聖なる奉仕のために整えられ、聖徒の義である白い麻布をまとうシオンの山に立つ者としてわたしたちの前に表されている。しかし天で小羊に従う人はみな、まずこの地上で、信頼心と愛に満ちた心からの服従のうちに、このお方に従っていなければならない。突発的に、あるいは気まぐれにこのお方に従うのではなく、確信をもって、誠実に、群れが羊飼いに従うように従うのである。」(原稿一四巻九一〜九三)
「主は喜んでご自分の民に、世に対して担うべきテストとなるメッセージとして第三天使のメッセージを与えてこられた。ヨハネは世から区別され、分離された民を見た。彼らは獣とその像とを拝むことを拒み、神の印を帯びていた。それはこのお方の安息日の遵守、すなわち生ける神、天地の創造主の記念として第七日目を聖なるものとして守ることである。彼らのことについて、使徒は『ここに、神の戒めとイエスの信仰を守る聖徒の忍耐がある』と記している。」(クレス・コレクション一四七)


王国の象徴
                         

「四つの大きな獣が海からあがってきた。その形は、おのおの異なり、……この四つの大きな獣は、地に起らんとする四人の王である。……彼はこう言った、『第四の獣は地上の第四の国である……』」(ダニエル七ノ三、一七、二三)。
「ダニエルに与えられた獰猛(どうもう)な獣の幻は、地上の帝国を表していた。」(バイブル・コメンタリ[E・G・ホワイト・コメント]四巻一一七一)
「聖霊は、おそろしい猛獣によって地上の王国を象徴した」(キリストの実物教訓五四)
「第四の獣は、恐ろしい、ものすごい、非常に強いもので、大きな鉄の歯があり、食らい、かつ、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。これは、その前に出たすべての獣と違って、十の角を持っていた。」(ダニエル七ノ七)
「見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。」(黙示録一二ノ三)
「これらの象徴が用いられている一連の預言は、黙示録一二章から、キリストを誕生の時に滅ぼそうとした龍から、始まっている。龍は、サタンであると言われている(同一二ノ九)。救い主を殺すためにヘロデを動かしたのは、サタンであった。しかし、キリスト教時代の初期において、キリストと彼の民に戦いをいどんだサタンの主力は、ローマ帝国であり、そこにおいて最も有力な宗教は、異教であった。こうして、龍は、第一義的にはサタンを表わすが、第二義的には異教ローマの象徴である。」(各時代の大争闘下巻一五七)


法王ローマ
  

                        「わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた。わたしの見たこの獣はひょうに似ており、その足はくまの足のようで、その口はししの口のようであった。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた。」(黙示録一三ノ一〜二〔ダニエル七ノ三〜八を参照のこと〕)
「第一三章( 一〜一〇節)にはもう一つの獣が描かれていて、それは『ひょうに似ており』、龍は『自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた』。この象徴は、たいていのプロテスタントが信じてきたように、かつて古代ローマ帝国が握っていた力と位と権威とを継承した法王権を表わしている。ひょうに似た獣について、次のように言われている。『この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、……そこで、彼は口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちとを汚した。そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた』。ダニエル書七章の小さい角の描写とほとんど同じであるこの預言は、疑いもなく法王権を指している。
『四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた』。 そして、『その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けた』と預言者は言っている。また、『とりこになるべき者は、とりこになっていく。つるぎで殺す者は、自らもつるぎで殺されねばならない』とある。四十二か月は、ダニエル書七章の『ひと時と、ふた時と、半時の間』、つまり三年半、すなわち千二百六十日と同じで、その期間のあいだ、法王権は神の民を圧迫するのであった。この期間は、すでに述べたように、法王権が至上権を握った紀元五三八年に始まり、一七九八年に終わった。」(各時代の大争闘下巻一五八)









新しい大国……


「わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。」(黙示録一三ノ一一)

「預言はプロテスタント主義を小羊のような角を持っているが、龍のように語ると表している。すでにわたしたちは龍の声を聞き始めている。」(バイブル・コメンタリ[E・G・ホワイト・コメント]七巻九七五)
「小羊のような角をもった獣は、『地から上って来る』のが見えたのであった。このように表わされる国は、自国を確立するために他の諸国を覆すのではなくて、まだだれにも占有されていない領土に起こり、徐々にまた平和のうちに成長する国でなければならない。したがって、旧世界の込み合った争い合う国々の中、すなわち、あの『民族、群衆、国民、国語』の荒海の中からは起こり得ないのである。それは、西半球の大陸に求められねばならない。
一七九八年に、新世界のどんな国が、勢力を伸ばし、将来強大な国家になる可能性を示して、世界の注目を集めていたであろうか。この象徴が、どの国に適用されるかは、実に明白である。この預言の指示するところに合致する国は、ただ一つしかない。それは、疑いもなく、アメリカ合衆国を指している。」(各時代の大争闘下巻一五九)
「小羊のような角は、若々しさと無垢と温順さとを示すもので、一七九八年に『上って来る』のを預言者が見たときの米国の性格をよく表わしている。最初、米国に逃れ、王の圧迫と司祭たちの迫害からの避難所を求めた亡命キリスト者たちの中には、政治的自由と宗教的自由の広い基盤の上に政府を樹立しようと決意したものが多くあった。彼らの意見は、独立宣言の中に織り込まれ、『すべての人は平等に造られ』、『生命、自由、および幸福の追求』という奪うことのできない権利を与えられている、という偉大な真理の表明となっている。そして、憲法は、国民に自治権を保証し、一般投票によって選ばれた代議員が法律の制定と執行にあたるべきことを規定している。宗教の自由も保証され、すべての人は良心の命じるところに従って神を礼拝することが許されている。共和主義とプロテスタント主義が、国家の根本原則となった。これらの原則が、その権力と繁栄の秘けつである。」(各時代の大争闘下巻一六〇〜一六一)
「この象徴の持つ、小羊のような角と龍のような声は、ここで表わされている国家の宣言と実行との著しい矛盾を示すものである。国家が『物を言う』とは、その立法および司法権の活動のことである。米国は、そのような行為によって、国家の方針の基礎として宣言した自由と平和の原則を裏切るのである。それが『龍のように』語り、『先の獣の持つすべての権力』を働かせるという預言は、明らかに、それが、龍やひょうに似た獣によって象徴される国々が表わした狭量と迫害の精神を持つようになるということを予告している。」(各時代の大争闘下巻一六一〜一六二)




獣の像と獣への像 ―Image of the beast and to the beast―


「そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた。……さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。」(黙示録一三ノ一二、一四)
「二つの角を持った獣が『地と地に住む人々に、……先の獣を拝ませ』るという言葉は、この国が権力を行使して、法王権に対する礼拝行為となるような何かの遵守を強要することを示している。」(各時代の大争闘下巻一六一)
「宗教の自由の国であるアメリカが、良心を強制し、人々に強要して偽りの安息日を尊ばせることによって法王権と一つになるとき、地球上のすべての国の民が、彼女の模範に従うようにと導かれる。」(教会への証六巻一八)
「『獣への像』は、プロテスタント諸教会が自分たちの教義を強制するために公権力の助けを求めるときに起きてくるところの、そうした背教のプロテスタント教会を表わしている。」(各時代の大争闘下巻一六五)

獣の刻印


「この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。」(黙示録一三ノ一七)
「預言は、獣とその像とを拝することについて警告したあとで、『ここに、神の戒めとイエスの信仰を守る聖徒……がある』と宣言する。神の戒めを守る人々が、獣とその像とを拝み、その刻印を受ける者たちと、このように対照されていることから見ると、神を拝む者と獣を拝む者との間の区別は、一方は神の戒めを守り、他方はそれを犯すことにあるとわかる。」(各時代の大争闘下巻一六六)
「日曜日遵守が法律によって強いられ、真の安息日を守るべきことが世界に明らかにされるその時に、神の戒めを破って、単にローマの権威によるものにすぎないところの戒めに従う者は、それによって、神よりも法王教をあがめるのである。そのような人は、ローマに敬意を払い、ローマが定めた制度を強制する権力に敬意を払っている。彼は、獣とその像を拝んでいる。こうして、神がご自分の権威のしるしであると宣言された制度を拒んで、その代わりに、ローマがその至上権のしるしとして選んだものを尊重するときに、人々は、それによって、ローマに対する忠誠のしるし、すなわち『獣の刻印』を受けるのである。こうして、この問題が人々の前に明らかに示されて、神の戒めと人間の戒めのどちらかを選ばねばならなくなったとき、それでも神の戒めを犯し続ける人々が、『獣の刻印』を受けるのである。」(各時代の大争闘下巻一七一)
「サタンとの最後の大争闘において、神に忠実な者は、この世の一切の支持がたたれるのを見る。彼らは地上の権力に従うために神の律法を破ろうとしないので、売ることも買うことも禁じられる。」(各時代の希望上巻一三二〜一三三)
「主は神の都への道をはっきりと明示してこられた。しかし大背教者が道標を変更して、偽物―偽の安息日を打ち立てたのであった。彼は『わたしは神に相逆らって働く。わたしはわが代表者である不法の者に力を与え、神の記念である第七日目の安息日を引きおろす。……人間の法律があまりにも強制的なものになるために、男も女もあえて第七日目の安息日を守ろうとしなくなるであろう。衣食の欠乏を恐れて、彼らは神の律法を犯すことによって世に連なるであろう。そして地は完全にわが支配下に置かれるのである』と言う。」(バイブル・コメンタリ[E・G・ホワイト・コメント]四巻一一七一〜二)


死刑令


「それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。」(黙示録一三ノ一五)
「世界は、恐ろしい結果をもたらす問題に直面しようとしている。地の権力者たちは、合同して神の戒めに逆らって戦い、『小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に』、偽りの安息日を守ることによって教会の習慣に従うよう命じるのである(黙示録一三ノ一六)。これに従わない者はすべて、法律上の刑罰を受ける。そして、ついには、彼らは死刑に値する者であると宣告される。他方、創造主の安息日を守ることを命じる神の律法は、それに対する服従を要求し、その戒めを犯すすべての者に神の怒りを警告する。」(各時代の大争闘下巻三七四)


ハルマゲドン


では、人類の最後はどのようにして起きるのか? 預言書としては代表的な、イザヤ書、エレミヤ書、ダニエル書、エゼキエル書から要約しよう。

――イザヤ書
  主は、地の果てから一つの国民を招く。彼らは速やかに来る。ああ、多くの民は鳴リどよめく。北から煙が来るからだ。その隊列からは一人も脱落する者はいない。天の窓は開き、地の基が震え動く。
  高ぶり、首を伸ばして歩き、目でこびを送り、気取って歩く娘たちの芳香は悪臭となり、帯は縄となり、髪はかぶろとなり、美しい顔は焼き印を押された顔となる。
  災いなるかな、彼らの家に家を建て連ね、余地を残さず自分のみ住まおうとする。それゆえ枯れ草が炎の中に消え失せるように、彼らは塵のように吹き去る。山は震え、彼らの屍は巷の中で芥のようになる。
  その日、主は火の中に現れる。その車は火の車のようだ。主はすべての人に裁きを行ない、天において天の軍勢を罰し、地の上でもろもろの王を罰する。主は硬い大いなる剣で曲り逃げる蛇レビヤタンを罰し、海にいる竜を殺させる。主はすべての軍勢に向かって憤り、彼らをことごとく滅ばす。死体は投げ捨てられ、悪臭は立ち上り、土は硫黄となり、地は燃える樹脂となって夜も昼も消えず、煙はとこしえに立ち上る。
  万軍の主の一日は、おのれを誇る者と高ぶる者、おのれを高くする者と得意な者とに臨む。人々は岩のほら穴や崖の裂け目に入り、主の恐るべき威光を避ける。その日、大いなるラッパが鳴り響き、人々はエルサレムの聖山で主を拝む。主よ、あなたは驚くべき技を行ない、いにしえから定められた計画を真実をもって行なわれた。その日、人はいう。見よ、これが我々の神である。待ち望んだ主である。これは一日のうちに、またたく間にあなたに臨む。滅びはにわかにあなたに臨む。あなたはそれについて何も知らない。


――エレミヤ書
  主の言葉が私に臨んでいう。「あなたは何を見るか?」。私は答えた。「煮え立っている鍋を見ます。北からこちらに向かっています」。主がいわれた。「災いが北から起こって、すべての人々の上に臨む。わたしは北の果ての国々の民を呼ぶ。その国は長く続く国、古い国で、あなたがたはその国の言葉を知らず、語ることも悟ることもできない。見よ、彼らは雲のように上ってくる。その戦車はつむじ風のよう、馬はわしの飛ぶよりも速い。彼らは来て、エルサレムと、すべての町々に座を設ける。避難せよ、留まってはならない。
  わたしが北から災いと大いなる破滅を来させるからだ。地は形がなく、むなしく、天には光がなく、山は震え丘は動き、全地は荒野になる。しかし、ことごとく滅ぼさない。わたしが言い、定めたからだ。わたしは悔いない。それをすることも止めない。
  そして見守る者がエフライムの山に立って呼ばわる日が来る。その時は、人はもはや「主を知リなさい」とはいわない。それは大人から子供まで、みな私を知るようになるからである。末の日に、あなたがたは明らかにそれを悟る。


――ダニエル書
  終わりの時になって、南の王は北の王と戦います。北の王は戦車と騎兵と多くの船をもって、つむじ風のように攻め、国々に入ってみなぎりあふれ、通り過ぎるでしょう。彼はまた麗しい国(イスラエル)に入り、多くの者が滅ぼされます。しかし彼によってエドム、モアプ、アンモンびとのおもな者は救われるが、彼は別な国々にも手を伸ばし、エジプトも免れません。リビヤ、エチオピヤも彼に従います。
  しかし、東と西からの知らせが彼を驚かし、彼は大いなる怒りをもって出て行きます。しかし終わりにいたリ誰も彼を助けない。その時、大いなる君ミカエルが立ち上がります。


  旧約における預言書の不気昧さは、このように終末は北からの侵攻で始まると一致して述べられていることだ。北の果ての国といえばソ連しかない(旧約聖書の時代には、ソ連という国そのものが存在しなかった)。



 エゼキエル書になると、UFOの描景と同じく、それは恐ろしいほど具体的に預言されている。

  ――メセク(現在のモスクワ)とトバル(現在のウクライナ地方)の大君であるゴグ(となると、現在のソ連となるのは確定的)よ、わたしはあなたの敵になる。わたしは、あなたのあごにかぎをかけ、あなたの軍勢すべてを引き出す。ペルシャ(現在のイラン)、エチオピア、プテ(現在のリビア)、ゴメルとその軍隊、北の果てのペテ・トガルマと、その軍隊など、多くの民もあなたと共に居る。
  あなたは備えをなせ。そして彼らの保護者となれ。終わりの年に、あなたは多くの民の中から人々が集められた地
(現在のイスラエル)にすべての軍隊を率いて上り、暴風のように進み、雲のように地を覆う。それゆえゴグに預言して言え。わが民イスラエルの安らかに住むその日に、あなたは立って北の果てのあなたの所から来る。ゴグよ、終わりの日にわたしはあなたを攻め来たらせ、あなたを通して、わたしの聖なることを諸国民に知らせる。
  わたしは燃えたつ怒りをもって言う。その日には、必ずイスラエルの全地に大いなる震動があり、地に這うもの、地にあるすべての人々は打ち震える。わたしはゴグに対し、すべての恐れを呼び寄せる。すべての人の剣はゴグの兄弟に向けられる。わたしは疫病と流血をもって彼をさぱく。わたしは、雨と、ひょうと、火と、硫黄とを、彼と共にいる多くの民の上に降らせる。
  メセクとトバルの大君であるゴグよ、あなたのすぺての軍隊はイスラエルの山々に倒れる。わたしはゴグと、海ぞいの国々に対して火を送り、わたしが主であることを悟らせる。
  見よ、これは必ず来る。必ず成就する。これがわたしが言った終わりの日である。


バビロンは滅びる!

獣の国は、 EU アメリカ  バチカンのみならず、

当然だが、サタンの存在するところ全地、つまり、

バビロンはサタンの支配する全世界、地球全体の意味だった!

マリア・ヴァルトルタの著

手記(抜粋)世紀末の黙示録より


伊達 巌著

大バビロンは、≪全世界(アメリカ、EU,バチカン等を中心とする全地≫をひとりの大淫婦に譬えている。】


 黙示録14:8と18:2、4、6の厳粛なことばをお聞きください。

第14章
また、ほかの第二の御使が、続いてきて言った、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。その不品行に対する激しい怒りのぶどう酒を、あらゆる国民に飲ませた者」。
ほかの第三の御使が彼らに続いてきて、大声で言った、「おおよそ、獣とその像とを拝み、額や手に刻印を受ける者は、神の怒りの杯に混ぜものなしに盛られた、神の激しい怒りのぶどう酒を飲み、聖なる御使たちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。
 その苦しみの煙は世々限りなく立ちのぼり、そして、獣とその像とを拝む者、また、だれでもその名の刻印を受けている者は、昼も夜も休みが得られない。

第18章

この後、わたしは、もうひとりの御使が、大いなる権威を持って、天から降りて来るのを見た。地は彼の栄光によって明るくされた。
 彼は力強い声で叫んで言った、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。そして、それは悪魔の住む所、あらゆる汚れた霊の巣くつ、また、あらゆる汚れた憎むべき鳥の巣くつとなった。
 すべての国民は、彼女の姦淫に対する激しい怒りのぶどう酒を飲み、地の王たちは彼女と姦淫を行い、地上の商人たちは、彼女の極度のぜいたくによって富を得たからである」。
 わたしはまた、もうひとつの声が天からでるのを聞いた、「わたしの民よ。彼女から離れ去って、その罪にあずからないようにし、その災害に巻き込まれないようにせよ。
 彼女の罪は積もり積もって天に達しており、神はその不義の行いを覚えておられる。






引用箇所:

















ヨハネの黙示録



意味する

ヨーロッパ

ユニオン

アメリカ合衆国

バチカン




























図版挿入

NO.96


ローマ法王

バチカン

666はその名前

ヨハネ

黙示録

フリー

メーソン


















































666はイルミナティ・サタン












ハルマゲドン後の世界

イエス・キリストからの啓示


『マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋 ヨハネの黙示録』


P138 反キリストの失墜のあと訪れる神の平和
’43年9月16日
イエスズは言われる。・・・略・・・
サタンが、闇の使者すなわち反キリストを仲立ちとして地球上にもたらすであろう恐るべき戦争のあと、休戦期間が訪れるが、ここでわたしは、あなたたちに血腥い試練を課して、張本人のサタンがどのような贈物を与えうるかを示した後、あなたたちにわたしの贈物を山ほど与えて、あなたたちをわたしに引き寄せるよう努めるだろう。
おお!わたしの贈物!それはあなたたちに甘美なものとなろう!あなたたちには飢餓も、殺戮も、災禍もないだろう。あなたたちの身体は、そしてさらにあなたたちの霊魂は、わたしの、手で食べさせてもらえるだろうし、地球は第二の創造を迎えて甦るように見え、諸国民の間には平和と協調の雰囲気がただよい、天と地の間にも平和がみなぎり、すべてを一新するだろう。なぜならわたしはあなたたちに貫通し、あなたたちに神の政令についての超自然的な視点を与えるだろうわたしの霊を溢れさせるからだ。
それは霊の王国となるだろう。あなたたちが主の祈りのなかでーーーそしてあなたたちはついぞ反省することがないから求めているものが何かを知らないーーー求めている神の王国であろう。あなたたちの心のなかでなかったらあなたたちは神の王国をどこに望むのか?地球上のわたしの国が始まるのはまさにそこからなのだ。大きな国だ。しかしそれは常に限りがある。
ついで地上にも時間にも境界のない国が到来するだろう。あなたたちを永遠の天の住民とするであろう永遠の王国だが、当然のことながら、わたしはわたしの臣下に話しているのであって、すでにかれらのおぞましい王サタンを仰いでいる堕落した者たちに話しているのではない。





















『マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋』

目 次

第1部 反キリストの先駆者たち
1 時の終わりを瞥見する
2 それは天と地獄との戦いである
3 あなたたちは悪意と傲慢の絶項に達している
4 祈りと苦しみの力
5「あなたたちはわたしの民に何をしたのか」
6 超自然的な戦いがすでに始まっている
7 これは一時的な休戦にすぎず、平和ではない
8 ただ一つの信仰こそ真実である(コロサイ人への手紙2・3)
9 御言葉と聖霊は諸々の魂を救うためにいつもいっしょに働く
10 反キリストの軍隊はすでに行動を開始している
11 罪の贖いに身を委ねる人々は神の怒りをやわらげる
12 これらの骨は生き返るのか?(エゼキエル書37・1-14)

第2部 反キリストの時代
  おきてなき人類(二テサロニケ2・1-12)
13 反キリストと司祭たち
14 否定の学問は反キリストヘの道を開く
15 黙示録の四頭の獣(ダニエル書7)
16 反キリストとはなにものであろうか?
17 無神論者たちは数多の死者たちを監視しようとしている
18 最後の七つの災い
19「わたしは、地上からすべてのものを一掃する」(ゼファニヤ書1・2)

第3部 神の愛と平和の時代
20 地球上の神の国
21 死者の中から最初に生まれた者(黙示録1・5)
22 聖霊の時代が必ず到来する
23 勝利を得る者には、いのちの木の実を食べさせよう(黙示録2・7)
24 勝利を得る者に、わたしは隠れたマンナを与えよう(黙示録2・17)
25 反キリストの失墜のあと訪れる神の平和
26 わたしの教会が勝利する日(イザヤ書2・2-4)
27 わたしはあなたたちに「平和!」と言うためにあなたたちを待つ
            (ゼカリヤ書8、7、12、13、16、22)
28 わたしは慈悲と懇願の霊をひろめよう(ゼカリヤ書12、13、14)
29 すべては神に回帰する(ハガイ書1と2)

第4部 サタンの最後の襲撃
30 サタンの時代(イザヤ書4・2-6)
31 その時、大天使長ミカエルが立ち上がる(ダニエル書12)

第5部 最後の審判
32 死者が裁かれる時(黙示録11・17-18)
33 わたしを突き刺した人々はわたしを仰ぎ見る

付属文書 ヨハネの啓示(黙示録)一九五〇年
「在って在るもの」(黙示録1・4)
死者たちの中の長子(黙示録1・5)
後にもおられるかた(黙示録1・8)
「わたしは最初であり、最後である」(黙示録1・17)
原注



参考:記事
 

作品をめぐるいくつかの証言

ピオ十二世教皇 (1876-1958)
「この作品をそのまま出版しなさい。作品の起源について意見する必要はありません。それが超自然のものであるかどうか、読んだ者ならわかるでしょう。」


聖パードレ・ピオ神父 (1887-1968)
「マリア・ヴァルトルタのこの全巻は全世界に普及されるべきだ。」

アゴスティーノ・ベア (1881-1968)
イエズス会士。教皇庁立聖書研究所長。ピオ十二世教皇の聴罪司祭、のちに枢機卿となる
 何年か前に、マリア・ヴァルトルタの作品をタイプ原稿で読んだ。特に、聖書解釈、歴史、考古学、地形学の分野に注意を払って読んだ。聖書解釈に関しては、検討した限り、特に際立つ間違いは見つけられなかった。間違いは見つけられなかったどころか、考古学上の、また地形学上の記述の著しい的確さには舌を巻いた。(1952・1・23 ローマ)

ウゴ・ラッタンツィ (1899-1969)
ラテラネンセ大学神学部教授。教皇庁諮問委員
 数年前、わたしはヴァルトルタの作品全部を読んだ。中等以下の教育を受けた女性である著者が、不可思議な力の影響をこうむらずに、これほどとてつもない課題と内容をもつ書物を書くことなど絶対に不可能だと、わたしは考える。…この全集には、思索にしても、文体にしても、光彩を放つ見事な頁が散在している。その心理的状況の描写は、シェークスピアにも比肩し、ソクラテス流の会話の運びは、プラトンのそれも彷彿とさせる。 (1952・1・21 ローマ)

ニコラ・ペンデ (1880-1970)
ローマ大学医学部教授。臨床医、また依頼されて詳細にわたって診察もする
 この作品は、文体といい、言葉と表現形式の美しさといい、そこそこの文学的教養をそなえた女性からとはとても期待できない、正真正銘の名作だと私は思う。その本質的な特徴において四福音史家のそれに合致し、符号しているのみならず、より細部にわたって彫り刻まれ、四福音史家が書いていない、贖い主の人としての生涯の空白へ脱落部分を埋めている、と断定せざるを得ない。しかし、医者であるわたしが驚きと賛嘆を禁じ得ないのは、十字架上の臨終者キリストの場面の叙述である。それは、経験豊かな、ほんの一握りの老巧な医者のみが語ることができる現象学である…。 (1952・1・23 ローマ)

ガブリエレ・マリア・ロスキー二 (1900-1977)
修道司祭。マリアに関する神学、マリア論の権威。ラテラネンセ大学神学部教授
 マリア・ヴァルトルタの未発表、あるいは発表された書物から明らかになった彼女のマリア論は、わたしにとってまことに一つの啓示であった、と率直に告白しなければならないと感じている。マリアに関係する書物全体をもってさえも、"神の傑作"(マリア)についてのかくも明快な、かくも強烈な、かくも完成された、かくも生き生きと輝きを放つ、かくも心を魅了する、単純素朴だが同時に崇高な一つの思想を、わたしに与えることはできなかった。 (1973 ローマ)
(主著『マリア・ヴァルトルタの作品における聖母』1973年は日本語への全訳進行中。)

アルフォンソ・カリンチ大司教
典礼聖省秘書官
「福音書に反することはここには何もない。むしろ、この作品は、福音書を良く補間しており、その意味をさらに良く理解するために貢献するものだ。」(1946)

ドレフュス神父
在エルサレムのフランスの聖書学/考古学研究所
「私はマリア・ヴァルトルタの作品中に、少なくとも六つか七つの新旧約聖書には出てこない都市の名前があることに気づき、大いに感動した。これらの名前は、聖書以外の史料によってごく少数の専門家に知られているだけである…著者が主張しているように、啓示を通して示されるのでなければ、どのようにして著者はこれらの名前を知り得たのか?(1986 エルサレム)

メジュゴリエの幻視者たち
ラッツィンガー枢機卿(現教皇ベネディクト十六世)は、メジュゴリエに介入し、巡礼者が御出現の地として訪れることを阻もうとした地元司教を制止したことが知られている。幻視者の一人ヴィッカは、聖母マリアは「もしイエズスを知りたいならば、ヴァルトルタのこの作品を読みなさい」と薦められたと言う。また別の一人マリア・パヴロヴィックは、聖母マリアが「これを読むことはかまいません」と言ったことを報告した。イタリアから大勢の人々がメジュゴリエを訪れるので、イタリアの司教会議は1990年代前半、その審議の中でマリア・ヴァルトルタの作品について討議した。

ジーン・オラグニール
古代暦の専門家、ヴァルトルタの作品に関する本の著者
「マリア・ヴァルトルタの作品中で起きる出来事とその発生について、系統立てた年代記を作ったが、神が介入したとしなければ、説明がつかないものだった。」(1995)


マリア・ヴァルトルタ Maria Valtorta (1897〜1961)

北イタリア出身の軍人の父と元フランス語教師の母の一人娘として南イタリアのカゼルタに生まれる。幼児期をミラノなど幾つかの北の町ですごし、モンザ市にある名門校ビアンコーニ校で学業を終える。第一次大戦中フィレンツェの軍病院で看護婦として働いた縁で長くこの町に住むが、24年、両親と共に近くのヴィアレッジョに定住。そこで彼女は、幼児期来彼女を悩まし続けた母による過酷な試煉に耐え、その苦しみを梯子(はしご)にして、神と人への愛のために自らを生け贄(にえ)にしようと決意する。
神秘家として作家としての彼女の真の使命は、発病する34年から61年の永眠に至るまでの闘病生活のさ中に熟し、遂行される。43年、彼女の聴罪司祭のすすめを容れ「自叙伝」を執筆。そしてその後、ヴァルトルタはあの非凡な、驚くべき作品に手を染める。
全10巻の代表作「私に啓示された福音」は、処女マリアとその子イエズスの誕生と幼年時代、イエズスの三年の公生活、そして受難、死、復活、昇天、教会の発祥、マリアの被昇天を物語る。神秘的内観、凝視に基づく鮮明な描写、贖罪主キリストの地上での生活、その説教と対話の圧倒的迫力は、人の思いと生き方を変えずにはおかない。ベッドに身を起こし、ありきたりの大学ノートに、ヴィジョンの中の教示のままに、一気にペンを走らせて成った本書の真の作者とは、いったい誰か!? まぎれもないキリストご自身である

 






私の考え

http://page.freett.com/dateiwao/godearth.htm


ハルマゲドン


ヨハネの黙示録のバイブルコード
http://page.freett.com/dateiwao/yohanemokuji.htm

(同じもの:予備)

http://dateiwao-id.hp.infoseek.co.jp/yohanemokuji.htm


ヨハネの黙示録 ゴグ マゴグ

更新 07・05・06

http://page.freett.com/dateiwao/gogumagogu.htm





核戦争

http://page.freett.com/dateiwao/yohanekaku.htm


空中携挙のバイブルコード
http://page.freett.com/dateiwao/rapture.htm

空中携挙のバイブルコード
更新版:こちらを使用

http://biblecode.web.fc2.com/rapture.htm

http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/daiyogen28.html


死者の復活 (メシア到来)
http://page.freett.com/dateiwao/revive.htm


イエス キリストの再臨 千年王国

http://page.freett.com/pentagon911/jesus_coming.htm


サタンの滅び

更新 07・05・06

http://page.freett.com/dateiwao/newmokujiroku.htm


重要
神の存在確認:
創造主が人間に地球を与えた目的

http://page.freett.com/dateiwao/godmakeman.htm






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